年をとると言葉が思い出しにくくなり、しばしばスムーズな会話ができなくなる。こうした加齢にともなう語想起困難のメカニズムがどのようなものかを検討する目的で、健常成人の各年代を対象に、単語を種々の条件下で想起させ、単語の発音までの時間(音読潜時)を指標とした縦断研究(5年間の継時的変化)を行うことを企画した。当初は、視覚刺激が1msec精度で提示でき、音声スイッチによって発音までの時間が計測できるAVタキストスコープを用いて音読潜時を測定しようとした。しかし、5年間の短い期間で健常成人の加齢変化を鋭敏に捉えるには、刺激提示の精度ばかりでなく、音読潜時の正確な測定も必要となる。従来は、発声にともなう音圧が一定レベルを越えた時点を発話開始の時点とみなし、この時間までを音読潜時としてきた。しかし、この方式では、発音の出だしから強い音声が出るものはうまく検出できるが、出だしが弱い音声は開始時点をうまく検出できない可能性があり、問題がある。そこで本研究では、最初に、音読潜時を正確に測定するシステムを作成し、次に、健常成人の実験データを得ることにした。今回は、従来の音声スイッチによる時間計測に加え、その前後の音声を録音し、後で音声解析を行って、正確な音声の開始時点を求める方法を用いた。若年成人10名に、平仮名1文字の音読潜時を求めたところ、出だしから強い音声が出る母音(あいうえお)は、音声スイッチと実際の発話潜時との差が平均20msec以内になるのに対し、出だしが弱い摩擦音(例:さしすせそ)はその差が平均100msec以上となり、音声の種類によって音読潜時が変わることが明らかとなった。以上より、単語の音読潜時を指標とする場合は、条件間で語頭をそろえる必要性が確認されたので、現在までに語頭を揃えた種々の刺激リストを用意した。今後は、各年代の健常成人を対象とした音読実験を行い、5年間の継時的変化を検討する予定である。
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