本年度は旧ユ-ゴのクロアチア共和国の経験を事例に企業の民営化、とくにその前提としての私有化の進行過程を研究した。その際、次のような問題に着目した。(1)社会主義企業が私有化するのにあたってどのような構想と議論があったのか、(2)私有化を遂行していく上で実務的にどのような問題があったのかということである。 (1)旧社会主義国の企業資産の所有形態は通常「国有」であったが、旧ユ-ゴの企業資産は「社会有」という特殊な形態をとっていた。「社会有」の資産は「社会全体に属する所有物」であるという考え方のもとで、旧ユ-ゴでは何人といえども「所有権」の主体になることを認められてこなかった。そのため国有企業を私有化する場合とは異なった複雑な問題が提起された。すなわち、「社会全体に属する所有物」を「誰がどうやって誰か特定の者の所有物に変えていくのか」という問題がそれである。 クロアチアでは国家の役割と権限、「社会有」資産の公共的性格や従業員に対する優遇措置を度のように考えるかをめぐって激しい議論が起こった。その結果、企業のイニシアチブを最大限に尊重しつつ、国家が監督しながら社会有を私有化していくこと、また企業の従業員には一定の割引を付けて株式を購入する権利を認めることで合意が形成された。 (2)社会有の私有化の遂行をめぐっては次の4つの困難が生じた。1.企業資産の評価を誰がどのように行うのか。2.企業の発行する株式に対して本当に買い手が見つかるのかどうか。3.市場経済にふさわしい企業的な経営者の不足。4.市場経済についていけない損益企業の閉鎖や余剰人員の整理解雇にともなう失業者の増大にどう対処するのか。なかでも最大の問題は「買い手」の問題であり、法律の規定によって「買い手」のつかない企業が国家に接収され、私有化が目指されながら国有化が進行するという皮肉な結果が生じた。
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