私がこれまで主要な研究テーマとしてきたのは、アラブ・ムスリム社会の民間信仰であるが、現在の研究課題であるアラブ・ムスリムの死生観は、この民間信仰を考える上で明らかにされなくてはならない、もっとも重要な問題の1つである。そのため、私が、1986年から1988年にかけてヨルダン北部のアラブ・ムスリムの農村で行なった住み込み調査、および1992年の7月から8月にかけて同農村で行なった自費による補足調査では、特に死に関するデータの収集に努めた。さらに、この研究課題で平成4年度に受けた科学研究費補助金(奨励研究(A)により、私が1982年以来調査を行なっている新潟県上越地方の農村において、同じテーマで現地調査を数度行ったが、日本の農村に関してはまだ資料が十分とはいえなかったため、本年度も、同じ新潟県の農村で補足的な現地調査を行なった。そして、これら一連のヨルダンおよび日本での調査で得られた資料を比較検討し、アラブ・ムスリムの死生観の特徴を浮き彫りにしようと分析・考察を試みた。平成4年度に受けた科学研究費補助金による研究では、アラブ・ムスリムにおける慰霊の欠如が彼らの死生観と伝統的な日本人のそれとのもっとも大きな違いとして導き出されたが、本年度の調査および分析・考察で明らかになったことの1つは、そういった違いが具体的に目に見える形でもっとも顕著に現われるのが墓や位牌などのモニュメントだという点である。アラブ・ムスリムの場合、位牌を作らないだけでなく、死者の写真を飾ることもしない。また、墓も参拝の対象とはしないのである。なお、こういった点をふくめて、本研究の成果としてすでに発表されたものは「研究発表」の項に記した通りであるが、さらに成果を学会誌で発表する予定である。
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