共和主義の思想と運動に関する概括的な仕事としては、イギリスの政治文化の特徴を論じた「『自由に生まれた』人々」を井野瀬久美恵(編)『イギリス文化史入門』(昭和堂より近刊予定)に寄せた。この論考では、19世紀イギリスの急進主義運動の中で共和主義の影響力が小さく、君主制廃止論が緊急課題にならないことを、constitutionalismのレトリックとNorman Yoke の歴史認識に主として関連づけて説明した。 個別的な仕事としては、労働者クラブ運動史の研究に力を割いた。先行研究がきわめて乏しい分野であるため、資料・文献の調査・収集には困難が伴ったが、日本の大学・研究機関やイギリスの文書館等における作業を通じて、かなりの分量の同時代の新聞、パンフレット、手稿類、関係者の自伝、あるいは未公刊論文、を入手した。研究の足がかりとして、Working Men's Club and Institute Union の創設者 Henry Solly がクラブ運動に込めた「合理的レクリエイション」の思想と、それが実際の運動の中で変質していく過程から検討した。Solly に関する研究は、近日中に論文にまとめる予定である。労働者・民衆のレジャーの場であるとともに、政治・社会運動の基盤ともなった労働者クラブは、社会史的な日常生活の領域と、政治史・思想史が問題とする政治・社会運動の領域がオウヴァーァップする部分であり、社会史と政治史や思想史の接点を探るという興味深いテーマに取り組むための格好の素材となるように思われる。
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