研究実施計画に基づいて、カナダ北西準州ペリ-ベイにおけるカナダイヌイットの民族考古学調査とロシアハバロフスク州での満州・トゥングース語族を対象にして'92年に実施した民族調査のデータを再検討した結果、両地域の生業活動の異同をより鮮明に浮き彫りにすることができた。それは次のようにまとめることができよう。 ツンドラ地帯とタイガ地帯のヒトの生存にとって最も重要なのは食料の獲得である。二つの環境はともに食料になりうる埴生は豊かではない。これは形態的な埴生の多寡が人口支持力を決定するものではないことを端的に表している。両環境はいずれも動物相は豊富であり、タイガ地帯では後氷期の初期人類がすでに季節移動する野性トナカイを利用していたことが知られている。この地域では弓・わなの発明と改良に加え、狩猟、漁労、トナカイ飼育によって安定的な生活基盤を築くことができた。トナカイの家畜化に成功したことによって、交通手段を入手し、はじめて広大なシベリアを手中に収めることができた。 一方、北米の極北地域では、冬は無風状態であるタイガ気候とは異なり、乾燥と強風が特徴であり、冬の食料の獲得は困難である。カリブ-は冬には樹林限界より南に下り、また、海面が結氷するために水産資源の利用も難しい。そこで秋に遡上するホッキョクイワナなどの漁労資源を計画・集約的に獲得し、その保存がタイガ地帯よりもはるかに重要であった。ゆえに、梁漁法とキャッシュなどの食料貯蔵施設が早くから発達する。B.P.3700〜2800年のプレ・ド-セット文化は、梁とカリブ-・フェンスを北米に初めてもたらした。またマリタイムアーケイック文化から導入された回転式離頭銛の発達と雪の家の出現によって、中部極北圈では冬期における唯一の食料であるフイリアザラシを捕獲するための海氷上狩猟技術をB.P.2500年(ド-セット文化期)まで確立する。
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