定家仮名遣いを継承した中世の連歌師の中から、その自筆資料が現存する猪苗代兼載に焦点を当て、自筆本『連歌延徳抄』を資料として、その表記法を調査した。調査に当たっては、仮名遣の範疇を越える具体仮名や漢字の使用などの機能的用字法が、本資料中ではどのように行われているのか/いないのかに主眼を置いた。調査の結果、判明した事実を以下に列挙する。 1.忠実に定家仮名遣いが実行されており、表記の「ゆれ」も皆無である。2.同一の字体が隣接するのを避けるために漢字が使用されたと思われる箇所も若干あるものの、その反例の方が格段に多い。3.ほとんどが語頭・語末・行末に使用される異体仮名が数種検出されるが、いずれも不徹底で例外が少なくない。4.巻頭部分には、それ以外の箇所には現れない異体仮名が、集中して見受けられる。5.他の文には現れず、句に専用に使用される異体仮名が若干ある。 これらの事実からは、筆者兼載が、本書の執筆に当たって、文字表記にも相応の注意を払っていること、機能性を重視した用字法は、きわめて限定された範囲にしか及んでいないこと、巻頭部分に顕著に見られるように、機能性よりも視覚美が追求された痕跡があり、他の文より、句においてその傾向が著しいこと、などを知ることができる。 兼載の表記と、定家自身の表記との差は歴然であり、実用に徹する必要に迫られることのなかった当代の表記者が志向したものを如実に示す結果となった。 本研究の成果の一部は、今春、三省堂(予定)より刊行される『森野宗明教授退官記念論文集』(仮題)に論文「兼載自筆『連歌延徳抄』の表記について」として収録されることが決定している。
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