古来より、わが国の文学は環境としての自然、すなわち風土と深い関わりを持ち続けてきている。風土は作家の人格形成・思考空間の面に多大な影響を与え、文学の生成に根源的な関わりを持っている。信濃は上代において山道、近世において中山道とそれぞれの時代において、主要幹線が貫く重要な地である。そのため多くの文人らがこの地を訪ね、文芸作品の舞台として登場する。本研究は、信濃をあるいた文人墨客や、信濃に生まれた文学者達の研究調査をし、信濃の風土と歴史の中に文学はどう息つぎ位置づけられているのかを検討した。調査検討の結果は次の通りである。 1.信濃は中山道・甲州街道・北国街道・三州街道等、多くの動脈が国土を貫き、そこに展けた宿場町を中心に、多くの文人墨客が訪れ逼留した。軽井沢・信濃追分宿に集まった四季派の同人達はその典型であり、田山花袋・柳田國男らの信濃を舞台に書かれた紀行文の秀作にも表われている。また島崎藤村の『夜明け前』は、木曽十一宿の一つ馬籠宿の本陣を舞台に歴史の変動・街道文化、さらに谷の自然までも克明に描いた作品となっている。 2.その藤村に代表されるように、自己形成期である幼年期を信濃の豊かな自然の中で過ごし、そこでの生活が作品の下地・題材となって、自らの作品に投影された例は多い。歌人島木赤彦と諏訪湖、児童文学者椋鳩十と南アルプス、島崎藤村・酒井朝彦と木曽谷、俳人小林一茶と北信濃はその代表例である。 3.彼らにとって、故郷の忘れがたい魅力は強い故郷回帰となり、四季の変化に富むあの鮮かな信濃の自然の力は作者をして作品に投影させている。信濃の豊かで厳しい自然を、そこで生活する人々がおりなす風土が混在エネルギーとなって、人を作り文学を育むものと考える。
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