本年度の成果としては、従来、廃絶の方向に向かうとされてきた室町期の朗詠に関して、いくつかの手がかりから、これが実際にはかなり頻繁に行なわれ、しかも種々の工夫が継続的に行なわれていたことを指摘した点が挙げられる。例えば、現行曲である「二星適逢」の曲は、平安期に全く朗詠例がないが、鎌倉期の末から室町期にかけて、急に七夕の朗詠曲として重く用いられるようになったことが確かめられる。また、著名な朗詠曲である「嘉辰令月」についても南北朝期に至って新しい唱法が工夫されていたことが判明している。このように、室町期の朗詠は、質、量ともに前時代より衰微していることは事実ながら、なお新機軸を打ち出すなどの現象が認められる点からして、必ずしも廃絶を迎えたと断ずることは適当でないと考える。例えば、南北朝期直前に天皇が自ら朗詠を歌ったとする記事や、各家、各系統の総合的朗詠譜本が、この時期に集中して纏められていることなども、上のことを補強するであろう。今後のさらなる精査を通じて、朗詠の実演例は更に多く指摘されてくるものと見られ、その意味において、従来注目されなかったさまざまの実演に伴う事柄(秘伝の伝授等)についても体系的な整理が可能になってくるものと思われる。また、応仁の乱期以降の雅楽全般の衰亡とのかかわりを実証することが今後の重要な課題として挙げられよう。
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