イギリスロマン主義文学批評の成立と発展およびその特徴について、おおよそ以下の諸点が明らかになった。 1.文学は、伝統的な規範を尊び、読者に教訓を与えつつ楽しませるものという、ギリシア・ローマの古典的文学観を尊重しながら、無意識のうちにそこから逸脱する傾向があること。たとえば、教訓の必要性を公言しながら、作品批評や創作活動においては、倫理性を離れて唯美的傾向を示し、自らの主張を裏切るといった形で。 2.イギリス文学批評の先達ドライデン、ジョンソン博士などが、おおむね、経験論、現実主義、保守主義などに立脚していたのに対し、十八世紀後半の社会、政治、経済の大変動に対応する形で、観念論的、理想主義的な革命的文学批評を確立したこと。理想の実現はかなわず、多くの者が後に保守反動に転向したとはいえ、全人類の自由と平等を達成する手段としての文学という理想を出発点において抱いていたことは、再確認されてよい。また、17世紀形而上学詩人の再評価を行ない得たのも、そうした観念論的傾向に根差している。 3.ロマン主義者たち自身の失敗からロマン主義的理想の不可能性を認識したヴィクトリア朝期以降、とりわけモダニズムの文学者たちは、生真面目な理想に対して反発したが、古典的規範からの逸脱を意識化・先鋭化したほか、公認されているよりもはるかに多くの要素をロマン主義から継承していること。 (追記 この研究は、西欧の全歴史を包括しかねない大テーマなので、成果を論文にまとめて発表するにはいましばらく時間が必要だと考えられるが、1994年中に研究社より刊行予定の高橋康也先生退官記念論文集に執筆予定のコールリッジ論や1994年4月パピルスより刊行予定の翻訳ブラム・ダイクストラ著『倒錯の偶像』(共訳)には、この研究の成果の一部が含まれる。)
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