ノ-ム・チョムスキーの提唱する言語理論である原理・媒介変数理論は近年、最小主義者理論と呼ばれる新理論へ大きく変容したが、その最も重要な特色は、従来の文法原理群を「派生の経済性」というさらに一般性の高い概念の下に統合しようとしていることである。本研究では、この概念の説明・記述能力の高さを検証し、上述の企てに正当性を与えるべく、特にこれまで文法の語彙部門の規則によって扱わざるを得ないと考えられてきた、英語の中間動詞構文及び能格動詞構文を取り上げ、これらが、本研究代表者が前年度の研究に於いて提唱した修正拡大IP構造を仮定すれば、派生の経済性により、統語部門のみで説明可能であることを示すことに成功した。 概略、他動詞構文に於いてその目的語が主格素性を担って投射された場合、言語は動詞の主要部移動等、ある限定されたメカニズムを援用することによってのみ、経済性に抵触することなくこれを照合することができる。上記の2構文及び受動文の生成はそれらのメカニズムの異なる選択によって決定されるものに過ぎず、これらの構文自体に次いては文法は何等述べる必要がない。しかも、これらの構文間に観察される意味的差異も、本分析では統語構造からの自動的帰結であることが示される。 最小主義者理論はある意味で、統語部門と語彙部門を明白には区別しておらず、これらを統合することは文法理論全体の飛躍的な簡潔化をもたらす。本研究の成果は、語彙部門を統語部門に還元する可能性を強く示唆する点で、極めて重要である。
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