取引的不法行為についての基礎的な研究を進めるために、今年度は、次の二つを中心に作業を行なった。 (1)金銭債務に焦点を当てて、そこで生ずる法律的な関係についての分析を進めた。金銭債務の不履行をめぐっては、通常、金銭債務の不履行についての特則である民法419条によって処理がなされるのであるが、最近の裁判例では、これを不法行為責任(契約締結上の過失)の問題として処理し、同上の適用を問題としないものがみられる。債務不履行と不法行為の相互の規範の関係を分析するうえでも適当な材料として、どのようなメルクマ-ルで相互の調整が図られているかの分析を、比較法的な検討とともに主として我が国における議論の推移をたどることで行なった。 (2)従来の不法行為法では、等閑視されてきた故意に焦点を当てて、分析を進めた。故意要件は、取引的不法行為では、重要な要件として位置づけられるにもかかわらず、従来の不法行為法の議論においては、過失に比較して分析は著しく少なかった。こうした状況に鑑みて、我が国の法律行為論(特に詐欺)において故意がどのように位置づけられ、説明されてきたのかを批判的に検証するととものに、比較法的な検討を進めた。後者については、特に、ドイツ法における議論を検討した。
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