1.ラテンアメリカの左翼知識人の多くは、1970年代の末から理論的革新を開始した。その内容は、(1)教条的マルクス・レ-ニン主義批判、(2)政治的民主主義の積極的評価、(3)国民的合意に基づく政治の模索、(4)あらゆるレベルにおける民主化の推進、(5)国家不信と市民社会の重視、(6)国家・政党など制度的領域の不信、(7)自律的社会運動の重視、(8)直接民主制の強調、(9)主観性、アイデンティティ、共同体勘定の重視、(10)多様なアイデンティティの受容、などを内容としていた(これを「第1期の変化」と名づける)。これらの理論的革新は、左翼知識人たちが密接に関わっていた左翼政党にも、若干の遅れを伴いながら浸透していった。 2.1980年代後半からは、さらに新たな変化が見られる(「第2期の変化」と名づける)。第1期の変化と異なるところは、(1)経済プロジェクトの穏健化、(2)直接民主制に対する間接民主制の重視、(3)国家・政党などの制度的領域の重視と、社会運動の軽視、(4)マルクス離れ、などである。 3.本研究が主たる考察対象としたチリ、ブラジル、ペル-の場合、第2期の変化が明瞭に現れているのはチリのみである(チリ社会党右派、及び民主化党)。ブラジル(労働者党)及びペル-(元統一左翼の構成メンバー)の場合は、全体としてまだ第1期の思想の大枠の中にある。しかし、その大枠の中で、第2期の方向への変化も見られる。 4.ソ連・東欧の社会主義圏崩壊の影響は、主として経済プロジェクトに関するものであった。しかし、資本主義体制への対抗物がなくなったという点で、心理的な影響もあった。
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