第2次大戦後に独立した多くの第三世界の国々にとって、国民統合は重要な課題となっている。これらの国家の多くは独立当初から多民族状況を呈し、民族間の国家権力を巡る、あるいは自立を求める争いが絶えまなく続けられてきたからでる。フィリピンもその例にもれない。 このような状況下では、政府は様々な政策において、当該政策の国民統合への貢献を念頭に置くことになる。ここに取り上げた観光政策も、その側面を持つ。例えばフィリピン観光省が毎年発行するAnnual Reportでも、観光の目的として、外貨獲得や雇用機会の増大といった経済的効用の次に、「国民文化の保存を通したナショナル・アイデンティティの高揚」を挙げている。このことは、自国民を対象とした国内観光政策では、より鮮明になる。フィリピン観光省が実施した学校生徒を対象とするPasyal-Aralや社会的弱者を対象とするTuklas-Bayanといった国内観光政策では、国内旅行の国民意識形成に対する効果を政策の重要な目的としている。 しかし、フィリピンの場合、「国民文化」の内実に関して深刻な問題を抱えている。まず、インドネシアのボロブドゥ-ル等に匹敵するような歴史的な大建造物が存在しない。このようなナショナル・モニュメントの不在は、自国の歴史・文化に対する国民のプライドを育てない。そこで、何らかの歴史的モニュメントとしての建造物が求められる。その1つとしてマニラのイントラムロスの再建・保存事業がマルコス政権以後精力的に進められてきた。しかし、この事業に対しても、イントラムロスがスペインによるフィリピン植民支配の中心であったことから、屈辱的な植民地支配を賞揚するものとしての反対が存在する。この問題は、植民地支配を経験した国に共通の問題ではあるが、前植民地時代に国家形成の経験をもたないフィリピンでは特に尖鋭に浮かび上がる。
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