金属原子を含むラジカルとして、鉄カルボニル化合物を用いた触媒反応における重要な中間体と考えられている、Fe(CO)_3およびFe(CO)_4を研究対象として取り上げた。これらの分子は、Fe(CO)_5を超音速ジェット中でパルス的に放電することにより生成させ、その回転スペクトルをフーリエ変換マイクロ波分光器を用いて検出した。スペクトルの解析から、Fe(CO)_3は三角錐型の分子構造(C_<3v>対称)を持ち、電子基底状態は3重項であることが明らかになった。一方、Fe(CO)_4については、密集していて複雑なスペクトルであり現在解析中であるが、歪んだ四面体構造(C_<2v>対称)を持ち3重項電子基底状態であるという、分子軌道計算によって予想されている結果と一致したものであると考えられる。スペクトルの詳細な解析から、実験的に初めて、これら鉄カルボニルラジカルの電子状態や分子構造を明確に決定しうると期待している。さらに、イオン化合物を含む分子錯体として、NaCl-Arの回転スペクトルを測定した。この錯体の場合は、レーザー蒸発法を用いることによって生成した。スペクトルの解析から、決定された種々の分子定数から、NaClとArの分子間ポテンシャル、および、錯体形成によるNaCl分子内での電場勾配の変化について、定量的な情報が得られた。この結果は、レーザー蒸発法とフーリエ変換マイクロ波分光を組み合わせることにより、イオン化合物ばかりでなく金属原子のように融点が高い物質を含む分子錯体を効率よく生成させ、錯体の幾何学構造、内部運動、結合性について分光学的に明らかにすることが可能であることを示すものである。
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