配位不飽和な構造を有するバナジウム(III)クラスターは金属間相互作用にもとづく協同効果により、単核錯体では見られない特異的な反応性や優れた物性を与えるものと期待されている。現在のところこのようなクラスターの合理的な合成法は全く明らかにされていない。しかしながら配位子をデザインすることによりバナジウムイオンの置かれる配位環境を制御し、安定に配位不飽和な多核クラスターを生成させることが可能であると考えられる。そこで、アルボニル基とピリジル基を持つ多座配位子、ビピリジルケトンと三価バナジウム単核錯体を用いて研究を行なった。この反応は二段階で進む。最終生成物として還元的二量化反応により生成した1、2-ジオールにより橋架けされた二核三錯体の構造をX線結晶構造解析により明らかにした。この錯体は二種類のアルコール酸素の配位した全く新しい三価バナジウム二核錯体である。この反応は還元的二量化反応であるにも拘わらずバナジウムイオンは三価である。現在のところ中間体の単離には到っていない。しかし、この反応には通常の酸化状態(IV、V)に比べ電子過剰な三価バナジウム錯体が重要な役割を担っていることは他の金属との比較からも明らかである。更に中間体として配位不飽和な構造を持つバナジウム(III)クラスターが生成し特異的な還元的二量化反応を引き起こしたと考えられる。実際に金属間距離の非常に短い二価のバナジウム二核クラスターでは立体選択的な分子間ピナコールカップリング反応が知られており今回の系においても中間体にクラスターが生成していることが十分に予想される。本研究では配位不飽和なクラスターの構造決定はできなかったが、合理的な合成法の確立のための重要な知見を得ることに成功した。
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