ミオグロビンは酸素運搬体であると共に、活性酸素の生成とその消去に関連して新たな関心を呼んでいる。本研究は、ミオグロビンがフェリル型中間体の生成を介して、過酸化水素を持続的に除去し得るという知見に基づき、ミオグロビンと過酸化水素との反応の分子論的メカニズムを明らかにしようとする試みの一部である。今回は、フェリルミオグロビンの生成における遠位残基の関与について、比較生化学的な検討を行った。 通常、メト型ミオグロビンに過酸化水素と反応して、フェリルミオグロビンを生成する。しかし、遠位ヒスチジン残基を欠くアメフラシ(Aplysia Kurodai)のミオグロビンでは、過酸化水素との反応によって得られる酸化生成物の吸収スペクトルはフェリルミオグロビンのそれとは大きく異なり、また、還元剤を加えてもメト型に還元されなかった。そこで、遠位残基として、ヒスチジン、バリン、グルタミンを持つ9種のミオグロビン(内3種は無脊脊椎動物のもの)を用いて、過酸化水素との反応によって生じる酸化生成を比較検討した。 その結果、遠位残基としてヒスチジンを含むものでは、いずれも典型的なフェリル型分子種を得ることが出来た。一方、遠位残基が置換された5種のミオグロビンでは、酸化生成物のスペクトルはフェリルミオグロビンのものとは大きく異なり、さらに、還元剤を加えても、元のメト型には戻らず、ヘム自身に不可逆的な修飾を受けているものと思われた。 更に興味深いことは、得られた酸化生成物の吸収スペクトルが、遠位残基の種類によって、それぞれ特徴あるものとなったことである。殊に、遠位グルタミンを持つアフリカゾウとヤモリザメのものでは、それ以外の一次構造上の近似性が極めて低いにも関わらず、同一の特徴を持つ酸化生成物が得られたことである。これは、メトミオグロビンと過酸化水素との反応に遠位残基が決定的な役割を果たしていることを示唆するものである。
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