研究実施計画にしたがい、富川(北海道)、門別(同)、阿蘇(熊本県)、由布(大分県)の4集団において新たに試料収集を行った。これらの試料、および平成4年度に収集した田島ケ原(埼玉県)、那須(栃木県)、野辺山(長野県)の3集団の、計約800クローン分の試料を用いて、スターチゲルを担体とした水平ゾーン電気泳動法および活性染色法により、酵素多型を調査・解析した。 その結果、(1)解析に用いた4遺伝子座(Pgi-2、Pgm-2、6Pgd-1、6Pgd-2)のいずれにおいても新たな対立遺伝子は見いだされず、また地域集団間の遺伝子頻度の差異も比較的小さく、地域集団間の遺伝的分化はそれほど進んでいない可能性が高いこと、(2)富川集団と野辺山集団においては、全体としてほぼランダムな交配が行われているが、物理的障壁により隔離された小集団の間では遺伝子頻度に有意な差があり、分集団化が進んでいると推定されること、(3)阿蘇集団においては遺伝子型頻度の観察値とハ-ディ・ワインベルグ平衡に拠る期待値との間に有意差が認められ、異型花柱性に基づく正常な種子生産が行われていない可能性が強いこと、の3点が明らかになった。これらの新知見が得られたことにより、サクラソウのような異型花柱性の種が、自生環境の悪化により遺伝的多様性を喪失して絶滅化を起こす際のモデル的なプロセスを、実証的なデータに基づいて推論することが可能になった。
|