1.霊長類の社会構造は、集団の個体の性・年齢別による構成を血縁関係を追いながら長年にわたって観察し、集積してはじめて解析できるものとされてきた。本研究は野生のチンパンジーを例に、DNAの多型が示す結果と観察記録の示す結果をつき合せ、長期の観察記録の欠落した集団についても社会構造の研究を可能にすることを目的とするものである。 2.タンザニア西部マハレ山塊国立公園のMグループのチンパンジーの主として繊維性植物食物のしがみかすから個体別にDNAを抽出し、チンパンジーおよびヒトから報告のある多型領域について、以下の分析結果を得た。 3.DNAの資料は微量であり、分析にはDNAの増幅が不可欠である。報告のあるPCR法による増幅に適当な長さをもつ多型領域について、増幅の効率化をはかり、次の3点が明らかになった。(1)PCRの初期サイクルにおいて偽の増幅産物の生成抑制には、プライマーのアニーリング温度をサイクル毎に低下させてゆく手法が効果的である。(2)サイクル後半での増幅効率化には熱変性の温度を低下させる手法が効果的である。(3)(1)は低特異的なプライマーの使用にも効果を示し、チンパンジーとヒトについては、ほとんどの多型領域プライマーを共用できる。 4.母系の血縁を示すミトコンドリアDNAについて、多型の多いD loop領域を増幅し、次の4点が明らかになった。(1)ヒトのプライマーでチンパンジーのD loop領域は十分に増幅できる。(2)多型の検出にはSSCP法は使えるが、制限酵素切断かシークエンシングによらなければ確定できない。(3)母子の判定には、ミトコンドリアD loopが必ずしも核DNAよりも利用可能な多型を示すとはかぎらない。(4)マハレMグループのチンパンジーのうち、母子関係がはっきりしているもので、娘が性成熟後も群れにとどまったものはない。
|