本研究では、カオス時系列をニューラルネットワークを利用して学習することにより、カオス発生の本質となっている非線形ダイナミクスを抽出する方式の基礎検討を行なった。 まず、カオス時系列を生成する離散力学系の同定に適したネットワークの構造を検討し、関数近似能力が保証され、かつ入出力関係の見通しがよい3層階層型の構造が最良であるという結論を得た。また、その学習アルゴリズム(関数誤差法、軌道誤差法、BP法)を理論的に、および計算機実験により比較・検討し、以下の成果を得た。 1.BP法と関数誤差法の学習速度は平均的には一致することを確率的降下法の理論にもとづいて証明した。 2.1次元離散力学系を対象とした計算機実験により、1.に述べた理論的結果の正当性を確認した。 3.原点対称な関数によって生成される時系列を軌道誤差法で学習する場合、学習されたカオスの揺らぎが関数の対称性を一旦くずすことにより学習を促進することを計算機実験により見い出した。 次に、より現実的な時系列学習を想定し、1次元離散力学系から生成されるカオス時系列のうち有限個のデータのみをネットワークに提示した場合の学習能力および時系列予測能力を計算機実験により検討し、以下のことを明らかにした。 1.1次元系であれば、データ数が数十であっても無限個を提示する場合に比べ遜色のない学習および予測ができる。 2.学習が十分完了すれば、10ステップ程度の予測が可能であり、カオスであっても短期的な予測は精度良く行なえる。 3.学習結果のリアプノフ指数も教師信号のそれをよく近似しており、カオスの長時間的な統計量も学習可能である。 以上に述べた成果により、カオス時系列の学習・予測における3層階層型ネットワークの有効性が明らかになった。また、軌道誤差法による学習の加速は、ニューラルネットワークの学習においてカオスが積極的な役割を担っていることを示唆しており、カオスの工学的利用を目指した研究において重要な知見を与えるものと考える。
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