イネの花芽分化に関するホメオティック変異体を見い出す目的から、花器形態に関する多数の突然変異体から、単純劣性遺伝子(1hs-1)支配により内外穎が葉片化する葉化穎不稔変異体(N-76、木下ら1977)を供試し、正常型の原品種「そらち」と穎、葉鞘、葉身の3器官の形質発現を比較した。まず、走査型電子顕微鏡により成熟した各器官の表面構造を比較すると、N-76の外側の表皮には「そらち」の穎に見られる乳頭状突起はなく、葉身の向・背軸側の表皮と葉鞘の背軸側表皮に特徴的な構造である気孔配列や亜鈴型の細胞例が見られた。また、N-76の穎の内側の表皮は「そらち」の穎の内側の表皮や葉鞘の向軸側表皮と同様な平滑構造を示した。次に、パラフィン包埋法により各器官の横断切片を作成したところ、「そらち」の内外穎では合計8本の維管束が配列していたが、N-76の穎には葉身や葉鞘と同様に多数の維管束と葉鞘に特異的な構造である破生通気腔が認められた。さらに、各器官について、パーオキシダーゼのアイソザイム分析を行ったところ、「そらち」では内外穎、葉身、葉鞘が異なったバンドを示したが、N-76の内外穎は葉鞘と同一のバンドを示した。以上の実験結果より、葉化穎不稔(1hs-1)は内外穎が葉鞘に転換するホメオティック変異体であることが示された。 既報のホメオティック遺伝子ではMADSボックスと呼ばれる共通のDNA配列を有することが知られている。そこで、キンギョソウのdeficienceのMADSボックスの塩基配列(Sommer et al.1990)を基に合成したDNA断片をプライマーに用いて、キンギョソウ、N-76および「そらち」の全DNAを鋳型にPCR反応を行った。その結果、3者に共通の約120bpのDNA断片の増幅が認められた。この断片はキンギョソウが有するMADSボックスの断片長と一致することから、イネにおいてもMADSボックスの存在する可能性が示唆された。
|