研究概要 |
芳香族ニトロ・アミノ化合物は、染料や農薬の原料、中間体として広く使用されているが、体内に吸収されるとメトヘモグロビン(MetHb)血症を引き起こすものも数多い。同化合物取り扱い作業者におけるチアノ-ゼ等の特有の急性中毒症状は、曝露後の飲酒により悪化することが知られているが、その原因に関する詳細な研究報告は見あたらない。そこで、芳香族ニトロ・アミノ化合物の中でも特に強い血液毒性作用を有するp-クロロニトロベンゼン(p-CNB)を用い、エタノールによる、この急性中毒症状悪化の原因について考察した。 オリーブ油に溶かしたp-CNB200mg/kgをSD系雄性ラット(10週齢)の腹腔内に投与した。1時間後種々の濃度のエタノール(0,0.2,0.5,1.0g/kg、1群6匹)を経口的に投与したのち、鎖骨下静脈より0.35mlづつ経時的に採血した。血漿中p-CNB量及び血中MetHb量の時間的推移を薬物動力学的に解析した。 血漿中p-CNB濃度は、いずれも最初の採血時(p-CNB投与2時間後)において最高値を示し、その後経時的に減少した。しかし、その減少速度は、いずれの場合もp-CNBの血漿中濃度に比例せず、非線形性(飽和)を示した。従って、その推移をミカエリスーメンテン式消失過程を含む1-コンパートメントモデルに適合させ、その消失速度定数を算出した。エタノール投与量0,0.2,0.5,1.0g/kgにおけるKm値は、それぞれ、6.1、5.8、4.1、2.2mug/mlであった。すなわち、エタノール濃度の増加に伴いKm値は減少し、p-CNBと代謝酵素との親和力が増大する傾向が見られた。また、エタノール投与後初期のMetHb量は、投与エタノール濃度の増加に伴い増大した。 MetHbは、正常のヘモグロビンの酸化によって形成されるが、この形成には、芳香族ニトロ・アミノ化合物の代謝の過程で生じるヒドロキシアミノ化合物が関与していると考えられている。上記の結果より、p-CNBの代謝にエタノールが影響し、p-CNBのヒドロキシアミノ化合物への代謝が促進され、その結果メトヘモグロビンの生成が増強される事が、飲酒によるp-CNB中毒症状の悪化の原因と推定された。
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