新生児一過性高グリシン血症の原因を究明するために本症患児と考えられる2症例からリンパ芽球細胞株を樹立し、以前私どもの開発した方法でグリシン開裂酵素系の酵素活性の測定を行なった。その結果これらの2症例ともにグリシン開裂酵素系の活性は正常範囲に存在し、本酵素系の遺伝的欠失は否定的であった。これら2症例と報告例の髄液と血清のグリシン値を詳細に検討すると、髄液のグリシン値は高値を示すが、血清のグリシン値は正常範囲にあるものが数例存在した。髄液中の高グリシン濃度は現在のところグリシン開裂酵素系の機能低下以外には報告例がない。従って、中枢神経系に存在するグリシン開裂酵素系の一過性機能低下が本症の病因に関わっている可能性を示唆する。 そこで、胎生早期や新生児期におけるグリシン開裂酵素系の各構成酵素(P、T、H蛋白)のmPNAの発現をラット脳にて解析した。まず、ラットのP、T、H蛋白のcDNAを単離後、その塩基配列を決定し、そのうちで適当な部位を選んで45merからなるオリゴヌクレオチドプローブを合成した。それを用いてin situ hybridizationを行なったところTおよびH蛋白mRNAは中枢神経系に広く分布しているのに対しP蛋白mRNAはその発現が大脳皮質や海馬などの組織に強く発現しておりその発現様式のそれぞれ異なり、また、その発現量は胎生初期に比べて急速に減少する傾向にあった。このことは本酵素系の複雑な発現調節機構の存在を示唆し、その破綻が新生児一過性高グリシン血症の一因になっていると推察された。
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