ヒトにおける歯列不正の原因を解明するための基礎的データを提供することを目的として、ニホンザルの咬合発育を調査した。材料は京都大学霊長類研究所、日本モンキーセンター、獨協医科大学に保管されている骨格標本408個体を用いた。各個体の口腔内状態を記録し、典型的な個体については写真、X線写真を撮影した。これらのdataを基にカード型データベースを作成した。ニホンザルでは生後まもなく乳切歯が萌出するため、乳歯萌出前の標本はみられなかった。乳歯列完成前の標本も比較的少なかったが、雌雄あわせて15個体みられた。乳歯列完成期以後の永久歯の萌出パターンはヒトとは異なっており、M1萌出→切歯交換→M2萌出→側方歯群交換→M3萌出であった。ヒトとの相違点は、(1)M1の萌出は切歯の交換より先行する、(2)M2の萌出は側方歯群の交換より先行する、という2点にまとめられる。岩本ら(1987)によると側方歯群の交換時期には性差がみられる。オスでは犬歯の萌出が遅れる傾向がみられ、M3の萌出開始期でも犬歯の萌出が完了していないものが多数みられた。原則として側方歯群の交換はM2の萌出開始よりも早いが、メスではM2と下顎犬歯がほぼ同時に萌出している個体がみられた。萌出パターンの変異についてみてみると、M2の萌出時期に左右差あるいは上下差がみられたもの、M3の萌出に上下差がみられたものが観察された。また、オスでは犬歯の萌出が遅れ、M3の萌出が完了しても犬歯が完全に萌出しないものが5例みられた。乳歯晩期残存は4例みられた。このうち3例は乳切歯の晩期残存であった。これらはすべて片側性にみられた。このうち代生歯が確認できた標本では、di2とI2の両者が認められ、I2は、大きさは正常のものとほとんど変わりがなかったが、形態的には円錐歯であった。乳切歯以外が残存した1例では乳臼歯が両側性に残存していた。こうした萌出異常の頻度はきわめて低く1〜2%であった。
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