癌の転移に関わる酵素としてトリプシン様(TR)、プラスミン様(Pla)、ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベータ-様(u-PA)酵素について、癌細胞の培養上清から検出を行い、分泌機構について検討を行った。また、ヒトスキルス胃癌細胞株STKM-1をクローニングし、それらの転移性と酵素の分泌について比較検討した。ラット顎下腺由来癌細胞の樹立を行い、その性状について検討した。 23種の癌細胞が分泌するTR、Pla、u-PAの酵素活性について調べた結果、中性pHの培養条件下では、TRは、10種の細胞株から検出され、Plaは、13種の細胞株から検出され、u-PAは、11種の細胞株から検出された。一方、これらの細胞を酸性pHの培養条件下で培養するとTRは、9種の細胞株が誘導され、Plaは、8種の細胞株が誘導され、u-PAは、6種の細胞株が誘導された。中でも肺線癌や膀胱癌、シュワンノーマ、グリオブストーマ等で高いTR活性が検出され、あるいは誘導された。中性pHの培養条件下でTRを多量に分泌するSTKM-1細胞をクローニングし、分泌しているTRの活性の異なる3種の細胞株を樹立した。この細胞をヌードマウスの腹腔に投与すると、その致死性は、TRの分泌量に相関した。STKM-1細胞は無血清環境で培養することでTRの活性とmRNAの発現量が増加した。DMBAにより発癌された顎下線が、TRを分泌していることを見い出した。そこでこの組織から、癌転移のモデルとなる細胞の樹立を試みた。クローニングされた癌細胞は、25-kDaのTR分泌を保持しており、in vivoにおいて高い浸潤能を有していた。 TR、Pla、u-PAは、いずれもセリンプロテアーゼである。従来の研究では、癌細胞の浸潤や転移にはゼラチナーゼなどのメタロプロテアーゼが主として働いていることが報告されている。加えて、これらのセリンプロテアーゼは、本研究により広範囲に分泌していることが明らかとなり、セリンプロテアーゼを分泌している多くの細胞では、インビトロでの浸潤活性を有していることから、セリンプロテアーゼは、癌細胞の浸潤や転移に重要な働きを行っていることが示唆された。
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