研究概要 |
無歯顎者に与える総義歯の垂直的顎間関係の機能的な決定法として,患者自身の感覚による“the comfortable zone"(快適咬合域)の利用が再び注目されている.これは,下顎の固有感覚受容機構や筋の伸張反射による位置感覚を利用して,最適な垂直的顎間関係を決定しようとするものであり,臨床的に有用であるとの報告も多い.しかし,従来からの形態的ならびに機能的な方法を利用して術者が決定した顎間関係と比較すると,“the comfortable zone"を用いて決定された顎間関係はやや低く設定されることが多いことも報告されている. そこで本研究課題では,患者自身の感覚により決定された垂直的顎間関係と,術者が従来からの方法に準じて決定した垂直的顎間関係との機能的な違いを明らかにする目的で,同一被検者に対しそれぞれの方法で垂直的顎間関係を与えた総義歯装着後の咀嚼運動の経時的変化を,運動学的ならびに筋電図学的に比較・検討を加え,以下の結果を得た. 1.同一の上下顎義歯床粘膜面を有し,同一術者が従来からの方法に準じて決定した垂直的顎間関係を与えた総義歯装着群(以下,G1とする)と,患者自身の感覚で決定された垂直的顎間関係を与えた総義歯装着群(以下,G2とする)の咬合高径を比較すると,G2で有意に低く設定されていた. 2.G1ならびにG2の装着順序をランダムとして総義歯装着後の咀嚼運動を経時的に分析したところ,装着直後では,両者ともに安定した咀嚼運動経路を認め,筋放電周期ならびに筋放電持続時間には差を認めなかったが,G2において最大開口量が有意に増大し,積分電位が大きい傾向を認めた. 3.装着後3ケ月において,装着直後に認めたG2における最大開口量の増大は認められなくなったものの,積分電位は装着直後と同様にG2において大きい傾向を認めた. 以上の結果から,患者自身の感覚により決定された咬合高径は,従来の方法に準じて決定した咬合高径よりも低く設定されることが明らかとなり,咬合高径の違いは咀嚼運動の経時的変化に影響を与えることが示唆された.今後,さらに長期的な分析を行い,より詳細に検討を加える所存である.
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