酵素は生体内で於て種々の機能を有し、その機能を特異的に阻害する化合物から多くの医薬品が開発されてきている。近年、多数の蛋白質の3次元構造が解明されるにともない、その情報を利用して標的蛋白と結合する化合物をコンピュータにより設計しようという試みが数多くなされてきている。当研究室においても、酵素の基質結合部位の形状や、物理化学的性質に良く一致する新規な構造を設計するプログラムの開発研究を行なってきたが、現在それが完成しつつある。当研究では、この方法論の検証及び、より効率的な設計を行なうための方法論の改良を目的として、本プログラムを核酸の生合成系の酵素であるジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)と、AIDSのライフサイクルに於て重要な機能を持つHIV Protease(HIVP)の阻害剤の設計に適用した。これらの酵素に対して阻害活性を有すると考えられるコンピュータ上で提示された候補構造に対して、酵素の基質結合部位との非結合相互作用、静電相互作用などの評価を行なうとともに、有機合成化学的な見地から当該化合物の合成の可能性を考慮した構造の修正を行ない、新規骨格の酵素阻害剤(制癌剤、及び抗AIDS薬)の設計を行なった。設計した化合物を実際に合成し、DHFR及びHIVPに対する酵素阻害活性を測定したところ、DHFR阻害剤では既存の制癌剤の部分構造とほぼ同等の活性を有する化合物を見いだすことが出来た。またHIVP阻害剤では既存のペプチド性阻害剤に比べると弱い活性であったが、データベース検索により見いだされた非ペプチド性HIVP阻害剤であるハロペリドールとほぼ同等の阻害活性を有することが判明した。今後は今回合成した阻害剤と酵素の複合体の結晶解析を行ない、阻害活性強度と複合体3次元構造との構造活性相関から、薬物の設計の際に考慮すべき指標について検討を加えるとともに、そこで得られた情報を設計の際に反映することにより、より効率的な設計を行なえるよう、方法論に改良を加えて行く予定である。
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