本研究では、蛋白性プロテアーゼインヒビターの阻害機能の原因を明らかにするために、その切断結合(P1位残基)主鎖カルボニル炭素が複合体形成時にプロテアーゼの活性セリン残基からの影響受けているか、それが阻害機能の鍵であるか否かを明確にすることをめざした。プローブとしてP1位主鎖カルボニル炭素の^<13>C-NMR化学シフトを用い、インヒビターとしてSSI及びそのアミノ酸置換異体を用いた。SSIのP1位カルボニル炭素シグナルは、サブチリシンBPN'との複合体形成に伴って低磁場に3.7ppmシフトした。この大きな低磁場シフトが阻害機能の鍵であるかを検討するために、P1位をArg及びPheに変換した変異体SSIを用いて、複合体形成に伴うP1位カルボニル炭素の化学シフト変化を観測し、阻害定数(ki値)との関係を検討した。これらの変異体SSIは三浦らによって作成され、サブチリシンBPN'(SUB)に対する阻害活性は殆ど野生型と変わらず(Ki=10^<-11>-10^<-12>M^<-1>)、又M73Rはトリプシン(T)を強く阻害し(10^<-9>M^<-1>)M73Fはキモトリプシン(CHT)を阻害する(10^<-7>M^<-1>)ことが報告されている。結果は、次のようであった。M73F(P1;Phe)-SUB系では、野生型SSI(P1;Met)-SUB系とほぼ同じ3.7ppmの大きな低磁場シフトが観測された。また、Kiの10^4低いM73F-CHT系でも3.0ppmと大きな低磁場シフトが観測された。一方、M73R(P1;Arg)-SUB系及び、Kiが10^2低いM73R-T系ともほぼシフト変化はなかった。このことから、P1位主鎖カルボニル炭素の複合体形成に伴う化学シフトの大きな変化は、阻害活性の大きさよりも、P1位残基の種類(又はその疎水性の度合)に強く関係していることが明らかになった。このことは、P1位主鎖カルボニル炭素は活性セリン残基から大きな影響受けはおらず、そのシフトは遊離及び複合体におけるSSIのP1位側鎖の立体構造の違いを反映していることが示唆された。
|