記憶や学習など中枢神経の可塑性を分子レベルで解析するためのモデルシステムとして、家鴨の刷り込み現象を選んだ。刷り込み刺激が与えられた時、MHVにおいてどのような遺伝子の転写が促進されるのかを知るためディファレンシャルスクリーニングを行ない、刷り込み刺激を受けたものに特異的に転写が促進される遺伝子クローンをスクリーンしたところ、ミトコンドリア上の遺伝子、カイニン酸結合タンパク質、カルモデュリン等が得られた。また、鳥類の刷り込みまたは、他の生物種において記憶や学習に関連する遺伝子の候補として、NMDAレセプターについて、報告されているRatの遺伝子の塩基配列情報を用いてPCR法によって家鴨のNMDAレセプター遺伝子の1つ(NMDA-R1)をクローン化し、in situハイブリダイゼーション法を用いて脳内での分布の変化を調べた。 さらに、記憶や学習に関連していると考えられる遺伝子の候補として家鴨脳のシナプス分画に対する抗体を作製し、そこに存在するタンパクをコードする遺伝子群を数十個クローン化し塩基配列を決定して同定した。これらの遺伝子発現の刷り込み過程における時間的変化をドットブロットあるいはノーザンハイブリダイゼーション法によって調べた。その結果、大きく分けて次の3クラスに分類された:1)2倍以上の増加がみられるもの:ミトコンドリア上の遺伝子、カイニン酸結合タンパク質、EFT-2様遺伝子;2)2倍以内のわずかな増加がみられるもの:カルモデュリン、NMDAレセプター、シナプシンI、NCAM、ナトリウム/カリウムATPアーゼ;3)殆ど変化がないかあるいはわずかに減少するもの:カルモデュリンキナーゼII、シナプトタグミン、シンタクシン、ニューレキシン、Na/Caエクスチェインジャー。現在、これらの変化が発生過程に伴うものか刷り込み刺激によるのかの確認のための実験を行っている。
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