本研究の研究計画においては、癌遺伝子rasの分裂酵母ホモログであるras1の機能標的を、two-hybridsystemの手法を用いて明らかにすることを予定した。ところが、本年度初頭、コールドスプリングハーバー研究所のM.Wiglerらにより、ras1の標的が、蛋白質燐酸化酵素であるbyr2であるらしいことが、やはりtwo-hybridsystemを用いて明らかにされた。従って、本研究は計画の変更を余儀なくされた。以前より進めていたふたつのアプローチでrasの周辺を探ることとした。ひとつは、ras1の優性不能(dominant negative)変異体を分離することである。ras1欠損株は細胞形態が丸く、接合不能、胞子形成効率が著しく低下するという表現型を持つ。ras1にランダムに変異を導入し、野生株に導入したときに接合不能の表現型を引き起こすものを分離した。くわしい解析の結果、これらは、ras1の活性化型変異体のほかに、ras1を負に制御するgap1、ras1を正に制御するste6、および未知のras1活性化因子とそれぞれ不活性な複合体を作ると思われるものであった。現在、最後のクラスのものの多コピー抑圧遺伝子を分離することにより、新たなras1の活性化因子を同定することを試みている。もうひとつのアプローチは、ras1変異株と同じ表現型(形態異常及び接合不能)を持つものとして分離された、ral変異株の解析である。ral1遺伝子のクローニング及び塩基配列解析の結果、この遺伝子が出芽酵母のCDC24遺伝子産物とアミノ酸レベルでの相同性を持つ蛋白質をコードすることが分かった。CDC24はrhoファミリーの低分子量GTP結合蛋白質であるCDC42のGDP-GTP交換因子であると考えられている。先に述べたbyr2を介する情報伝達系が胞子形成及び接合に必要な情報を伝えているのに対し、ral1はras1のもうひとつの未知な標的の下流に位置し、形態の調節に関わっていると思われる。
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