舌下神経障害モデルと顔面神経障害モデルを用いて、cAMP依存性プロテインキナーゼ(PKA)の6つのサブユニット(触媒サブユニットのアルファーとベータ、調節サブユニットのRI・RIIのそれぞれのアルファーとベータ)の発現動態をin situハイブリダイゼイション法を用いて検索した。その結果神経障害後数日のうちに触媒サブユニットのmRNAが減少し、数週後には再びもとのレベルに回復することが明らかになった。また調節サブユニットのRIには変化が認められないが、RIIサブユニットにはmRNA量の一時的上昇が認められた。これらのことは神経が障害を受けてから、PKAを構成する分子群の転写はPKAの活性を抑制する方向に向けて調節されていることを示唆する。 別の細胞内の情報伝達分子として知られている、MAPキナーゼ(ERK or MAPK)に関しても同様の検索を行った。ERKのmRNAは神経障害後数日してから急激に増加を始め神経の再生が終了する頃まで発現の促進が認められた。この発現のパターンは神経成長関連蛋白であるGPA-43と極めて類似したパターンで、ERKの転写促進も神経の再生に重要な働きをしていると考えられる。さらに細胞内の情報伝達経路のうちERKの上流にあるMEKもその転写促進を受けていることが明らかとなった。このことは、ERKを介する経路、いわゆるRas経路が神経の再生には活性化されていることを示唆するものであり、PKA系が抑制されることと併せて、神経再生過程における情報伝達分子群の転写調節機構の一端が解明された。
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