運動制御の適応、運動記憶の基礎過程である、小脳皮質平行線維-プルキンエ細胞間のシナプス伝達の長期抑圧には、登上線維活動で発生した一酸化窒素(NO)が必須である。高い反応性を持ち、多くの物質がスカベンジャーとなるため、NOの作用時間は短い。NOは気体であるから細胞膜を通過して拡散する。従ってNOは、短い作用時間の間に拡散で到達できる範囲内で作用すると考えられ、この範囲はNOの発生量、即ちNO合成酵素(NOS)の活性調節機構に依存している。神経細胞型NOSはグルタミン酸等による細胞内カルシウム濃度の一過性上昇に応答して活性化される。本研究では新しいNO発生機序を知る目的で、小脳に多く存在する代謝調節型グルタミン酸受容体(mGluR)を介したNOS活性化機構を検討した。この受容体によって、カルシウム以外に、プロテインキナーゼC(PKC)による蛋白りん酸化が高進することが予想されたからである。小脳切片を用い、NOによって活性化されるグアニル酸シクラーゼの生産するサイクリックGMPや、NOSによりNOと同時に生成するシトルリンを測定した。その結果、1.mGluRを介してのNOS活性化にはPKC活性化が必要十分であること、2.PKCによる小脳蛋白質のりん酸化によって、NOSが静止時のカルシウム活動度下においてもカルモジュリン依存性の活性を持つため、NOSが活性化されること、が明かとなった。この特異な活性調節機構は誘導型NOSと類似している。PKCによる精製NOSのりん酸化はNOSを阻害すると報告されていたが、本研究は実際の小脳内ではPKCがむしろNOS活性を上昇させることを示す。このPKCによるNOS活性化は刺激によるカルシウム上昇が終わった後にもNOが発生していることを示唆するため、短寿命伝達物質であるNOの作用機序に新側面を与えるものである。
|