研究概要 |
本研究は、萌芽的研究として認められたもので、人間そして生命体の死を一瞬の出来事としてではなく、一連の過程として理解することを目的としたものである。 まず、生物学・医学関係の文献に当たることにより、生物学・医学自身の内には生死の定義が存在しているのではないことを再確認した。このことは、人間が生活する中での実感をもとにして死のイメージが形成されてきたのであり、それに合致するように死の基準が作られてきたとの考え方を補強するものである。この視点から、医学的にみて脳死状態の人は死亡しているとする考え方の不十分性が明らかになる。 次に、脳死状態の人は、人格 Personを喪失しているから、死亡しているとのより哲学的な議論の検討を開始した。これは人格同一性 Personal Identityについての議論に関わる。手始めに、Peter Singer,Practical Ethicsに見られる人格論を批判的に検討した。その過程で、Singerが人間中心主義を批判し動物解放運動を主張しているにも関わらず、生命の価値を「人格・意識ある生命・意識のない生命」の順で序列化しようとする点で、やはり彼は人間中心主義を免れていない、との結論を得た。その対案として考えられるのが、生命体である限り平等な価値を持つという「生命中心主義」である。これを倫理の中心に据える見方は、環境倫理学において、人間中心主義でもなくまたいわゆるDeep Ecologyでもない見方をとることにつながった。 さらに、これらのテーマについての文献にあたっている中で、最近強調されてきた徳の倫理をどう考えるかについても示唆を得るところが多かった。
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