森鴎外がドイツ留学(1884〜88)を契機として受容したパウル・ハイゼの短篇小説理論(Falkentheorie)が、具体的に鴎外の創作作品にどのように影響を与えているかを考察するのが本研究の目的であったが、今年度は、まず、前年度上梓の図書『異郷における森鴎外、その自己像獲得への試み』(近代文藝社 平5.2)、及び論文「森鴎外史伝のレーゾン・デートル--『澀江抽齊』から『伊澤蘭軒』への〈發展〉--」(「岐阜大学教養部研究報告」第28号 平5.2)からの課題継承として、鴎外文学に描き出されたドイツ・日本・官僚世界・家という鴎外にとっての〈異郷〉における自己像獲得の営為とその意味をたどり、ドイツ三部作『舞姫』『うたかたの記』『文づかひ』における鴎外の〈異郷〉認識の表現方法に、ハイゼの短篇小説理論が生かされていることを引き続き考察した。さらに、裏面「研究発表」の項に記したように、論文のかたちで次の2点の素材をまとめることができた。すなわち、〈豊熟の時代〉とされる明治40年代の中編・長編小説『ヰタ・セクスアリス』『青年』『雁』の主題の変奏と方法の展開のなかに、反自然主義文学を確立する鴎外の文学的営為がうかがえ、そこに鴎外の質的な〈豊熟〉の様相を究明した。また、同じ〈豊熟の時代〉の短篇小説『妄想』等を素材として、近代日本に生きた鴎外の西洋(ドイツ)体験と近代日本認識、その課題超克への道程をたどることによって、異文化との接触を通しての他者理解と自己認識の錬磨を説く鴎外文学の現代的意義を論じた。本研究に関する今後の課題は、鴎外が晩年に到達した文学ジャンルである歴史小説・史伝について、ドイツ小説理論からの触発・展開を論証することであり、その実施にさいしては、鴎外がドイツ体験を通して邂逅し体得したドイツ語文献による文学理論そのものの探査と考察を計画している。
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