研究概要 |
本態性高血圧症の遺伝素因を構成する候補のひとつとして、我々はイノシトールリン脂肪)特異的ホスホリパーゼC(PLC)に注目してきた。PLCは細胞内二次伝達物質の産生や細胞の膜動態の変化に寄与し、細胞内Ca^<2+>貯蔵部位からの細胞の骨格変化や運動性、増殖・分化に重要な役割を果たすことが知られている。本病態のモデル動物である高血圧自然発症ラット(SHR)のPLCのδ1アイソフォーム(PLC-δ1)の遺伝子には、対照正常血圧ラットであるWistar-Kyotoラット(WKY)と比較するとアミノ酸置換を伴うような塩基置換が存在することを我々は明らかにした。本年度は以下の点を明らかにした。1)SHR型とWKY型PLC-δ1の比較:SHRおよびWKYの血管平滑筋細胞よりクローニングしたcDNAを大腸菌に発現させ、精製した各リコンビナント酵素の活性を検討したところ、KmもVmaxもほぼ同等であった。またpH感受性、Ca^<2+>濃度依存性も両者の間で差はなかった。これらのcDNAを酵母発現ベクターに組込み、我々によって見いだされた内在性PLC遺伝子(PLC1)を欠失させた酵母(野性株にくらべて増殖が極端に遅い)に導入したところ、増殖能が回復しラットPLC-δ1はPLC1に対して相補性をもつことが示された。興味深いことに、SHR型を導入した酵母の方がWKY型を導入した細胞より増殖速度が大きく、また細胞内Ca^<2+>濃度、細胞抽出液の酵素活性も高かった。ところが酵母に発現させたPLC-δ1を精製して活性を比較すると両者の間に活性の差は存在せず、またウェスターンブロットによって検出した酵母内での発現量にも差がなかった。したがって、ラットやPLC1欠損酵母におけるSHR型PLC-δ1の影響は、本酵素の変異に基づく何らかの修飾(リン酸化や修飾タンパク結合の変化)によるものと考えられる。現在、この点を検討するために酵母、ならびにラット培養細胞におけるPLC-δ1に会合するタンパクの解析を進めつつある。また今後、前年度に確立した動物細胞への遺伝子導入法を利用して、ラット培養内皮細胞・平滑筋細胞へのPLC-δ1の大量導入、あるいは内在性遺伝子に対するアンチセンス遺伝子導入による細胞機能に対する影響を解析する予定である。2)PLC-δ1の活性化調節機能の解析:本研究の過程で我々はPLC-δ1には触媒中心から離れたN端領域のいわゆるPH(プレクストリン相同性)領域に、基質であるホスファチジルイノシトール二リン酸ならびに反応生成物であるイノシトール1,4,5三リン酸(Ins(1,4,5)P3)の共通の結合部位が存在することを明らかにした。また、結合部位のコアを形成していると推定される領域としてN端領域のアミノ酸残基30-43を同定した。さらにこの領域に相当する合成ペプチドに対してIns(1,4,5)P3が特異的に結合すること、このペプチドに対する抗体がPLC-δ1に対するIns(1,4,5)P3の結合を阻害することを確認し、I(1,4,5)P3結合タンパクとして初めてリガンド結合領域を確定した。現在、結合の構造的基礎を部位突然変異体、欠失変異体を作成して検討中である。
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