本年度は、歴史および地理学の領域において、ネ-デルラント文化の英国ルネサンス大学に対する影響を考察した。歴史における影響に関しては、「地域地誌(chorography)」と呼ばれる特殊な存在がネ-デルラントを中心に発達しており、この地域地誌の様式がストウおよびホリンシェッドの英国年代記に少なからず、影響を及ぼしている実体をつきとめた。本年度は、シェイクスピア歴史劇のうち『ヘンリー四世』二部作と『ヘンリー五世』を対象とし、この劇作品の生成にネ-デルラント特有の地域地誌様式の影響がみられることを分析した。 また、地現学においては、アブラハム・オルテリウスの著名な世界地図帳がエリザベス文学に与えた情報を整理した。クリストファー・マ-ロウの『タンバーレイン大王』二部作はこの地図帳を参照しており、主人公タンバーレインの征服地はことごとくこの地図帳にみられる地名および図像に基いている。また、現在、マイクル・ドレイトンの『ポリニオビオン』におけるこの地図帳の影響を分析中であり、この文献が ドレイトンのネ-デルラント知識人との交流から、ネ-デルラントの地域地誌の影響を相当に反映したものであることも解明しつつある。 本年度は研究成果をまとめることができなかったが、地理学におけるオルテリウス地図帳のマ-ロウ劇に対する影響は具体的に判明しているので、早急に論文にまとめ発表するつもりである。この分析を通じ、ネ-デルラント地理学を採りいれたエリザベス朝演劇の植民主義的側面がかなり明快につかめるはずである。 また、シェイクスピア歴史劇に対する地域地誌の影響も、残る七作に関する分析を終え次第、成果にまとめ、発表する予定であるが、その際には、マイクル・ドレイトンの『ポリニオルビオン』への影響と比較対照しつつ、考慮していく。
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