世界的にも著名な低失業率にも関らず多くの日本のマクロ経済学者がケインジアン・モデルが有用と考えているのは、日本において「企業内失業」と呼ばれるような企業内の過剰労働力が存在するためと考えられている。このような労働保蔵現象は、近年において景気循環との関連から、米国においてすら注目を浴びている。このような労働保蔵の重要性にもかかわらず、実は理論・実証の両面から労働保蔵の解明に有用な研究は日本においてはそれほど多くはないのが現状であった。その大きな理由については、労働保蔵は数量化できるものでは無いことが考えられるが、本研究においては、日銀短観データを使って、「予期せざる労働保蔵」と「予期された労働保蔵」の主観的サーベイ系列を作成し、始めて直接的な労働保蔵の実証研究を行った。注目すべき実証結果は以下の通りである。作成された労働保蔵判断インデックスは、いわゆる季節単位根の検定から外部労働市場とは異なった季節変動パターンをもっており、非定常な「予期された」部分と、定常な「予期せざる」部分から成る。「予期せざる」部分には販売量、賃金レート及び労働時間とはいかなるヨハンセン法でいう長期均衡関係はないが、「予期された」部分には労働時間の変動を考慮しても長期均衡関係の存在は棄却出来ない。さらに、労働保蔵から労働時間に対して、非定常性を考慮したうえでグレンジャー因果性が存在することを示した。この実証結果は日本のマクロ経済における変動の「主役」は労働保蔵であることを意味し、生産関数の伝統的枠組みによって、マクロ経済変動の主要部分を測定することはできないことを示唆しているのである。
|