半導体量子井戸には量子化された種々のエネルギー準位が存在する。これまで量子井戸からの発光は主として伝導帯から価電子帯への電子遷移、すなわちバンド間電子遷移に基づく発光が対象とされてきた。しかしながら一般に発光現象が2つのエネルギー準位間の電子遷移に伴って生じるものであることを考慮すると、同じ伝導帯内に存在する2つの量子準位間での電子遷移、すなわちサブバンド間遷移によっても発光が生じる可能性がある。このサブバンド間遷移に期待される特長は次の通りである。1)サブバンド間エネルギー差は井戸層幅、障壁高さによって種々の値に変化させることが容易であるため、同一の材料において近赤外から遠赤外まで広い波長域でのチューニングが容易に行える、2)サブバンド間電子遷移の振動子強度が極めて大きいため強い発光が得られる可能性がある、3)間接遷移材料でも同様の発光ができる、4)バンド間遷移と組み合わせると多波長の同時発光が可能である。本研究ではこのようなサブバンド間発光の可能性を探るための以下の基礎的検討を行った。 1)まず材料系としてA1GaAs/GaAs系を取り上げ、発光の可能性を理論的に検討した。エネルギー差を考慮した発光寿命、L0ホノンによるキャリア寿命、発光の選択則、偏光等を考慮することにより、励起強度1Wに対して、数pW程度の発光が得られる見通しを得た。 2)実際にA1GaAs/GaAs系の量子井戸をMBE法により作製した。このとき、井戸層幅等のパラメータとしては現有のHgCdTe検出器を用いるため、10.6mum近傍にセツトした。また井戸層は無添加とした。 3)作製した量子井戸の量子準位を見積もると同時に、吸収特性(励起子の効果等)を見つもるため、励起ホトルミネッセンス測定を行った。これにより、量子準位の大体の位置および吸収の様子を把握することができた。 4)続いて、量子準位間のエネルギー差を見積もるため、光励起サブバンド間光吸収実験を行った。励起光としてはTi-Sapphireレーザを用い、プローブ光としてはグローバランプを分光器を用いて単色化した光を用いた。これにより、確かにサブバンド間エネルギーは設計値の10.6mumにあることを確認した。 以上を通じて、作製した試料が確かに10.6mumにおいて発光しうる試料であることが確認できた。今後、高感度の測定系を立ち上げることにより、実際に発光現象を観測していく予定である。
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