研究概要 |
人間は両眼視や上肢の運動によって,対象物の空間的な位置や配置を知り,これに基づく平行や等距離を判断することができるが,その際には物理的に正確な平行や等距離から一定の傾向をもったずれを生じる.本研究では,これらのずれの傾向から空間位置の感覚統合における脳の適応機能の特性を解明することを試みた.このために,感覚量を脳が後天的に獲得する際の学習法則を一般化して,感覚信号から高次概念の形成に至る情報処理の過程においてその学習法の普遍性と適応範囲を,心理物理的現象との対応から検証し,空間位置知覚の統合における脳の情報処理の構造を解明した.まず,人間が両眼視や上肢運動によって空間位置を捉らえる際に用いている生体信号を同定し,これらの感覚に基づいて平行や等距離を判断させる心理物理実験を行って,この際の眼球運動,上肢運動等の各信号を計測した.次に,生理学的知見から想定される感覚量統合過程のモデルを構造的に分類し,計算機上で各モデルに対して心理物理実験をシミュレーションを行い,人間の被験者を用いた実験結果と比較して,各モデルの妥当性を検討した.この過程で得られた学習の一般化モデルがスカラ学習則である.この学習則を用いたスカラ加算モデルによって,両眼視及び上肢先端位置知覚による平面及び等距離面の知覚にみられるずれの傾向を統一的に説明することができた.また,平行と等距離の概念の違いが,このモデルの学習に用いた規範関数との対応関係から,規範関数の測定水準の違いとして定義されることが明らかになった.この結果,人間が平行や等距離をその発達過程において学習する際にどのような感覚上の手掛かりを利用しているかについて,数理的に厳密に定義することができる.
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