研究概要 |
本研究では、ヒトが随意運動を行なう際に必要とされる「運動抑制」に関わる脳内の神経機構の解明を目的としている。昨年度の研究成果である「いつの時間帯に、脳のどこで行なわれているのか」をさらに発展させ、本年度では「実際にどのような脳活動が行なわれているのか」というテーマを明らかにすべく、脳波(Electroencephalography;EEG)・経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation;TMS)による電気生理学的手法を用いて、研究を行なった。 まず、刺激が呈示され、随意運動を抑制する過程に達するまでの刺激処理-抑制過程において、刺激提示のされ方による違いを検討した。その結果、刺激の空間的・位置的な要因によって、ヒト脳内の抑制過程は影響を受けないことが示された(Nakata et al.,Neuroscience Letters,2006)。 次に、これらの抑制過程における特性の一端を明らかにすべく、運動遂行と抑制過程の関係性について検討を行なった。正しい運動遂行には筋の収縮強度や動作の速さを正しくコントロールする必要がある。本実験では、運動遂行における筋の収縮強度と抑制過程に着目した。運動遂行時に筋の出力が多く必要とされる状況下において、その動作を抑制する場合、動作を抑制する神経活動は増大するのかどうかを検討した。その関係性を検討するために、本実験では経頭蓋磁気刺激を用いた。実験の結果、被験者が行なう課題において、筋の収縮力が増大すればするほど、運動遂行過程における一次運動野の興奮性が増大していることが示された。抑制過程においては、発揮しなければならない筋出力強度の増加とは反対に、一次運動野の興奮性が減少した。つまりこれは、運動遂行時に筋の出力が多く必要とされる状況下において、その動作を抑制する場合、動作を抑制する神経活動は増大し、一次運動野の興奮性が抑制されていることを示唆する。このことの具体的な例として、マラソンのスタートと100メートル走のスタートを比べた場合、スタート準備をしていながらスタートを直前にストップすることは、100メートル走の方がかなり難しいことは容易に想定される。この結果から、運動抑制過程において、抑制に関わる脳活動は、ただ単に運動遂行に関わる錐体路系に抑制をかけているだけではなく、もっと積極的に一次運動野に関与し、フレキシブルにその脳活動が変動していることがわかった(Nakata et al.,Clinical Neurophysiology,2006)。
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