研究概要 |
本研究では地域的に異なる造網性クモ類を宿主とする盗み寄生者チリイソウロウグモ(以下,チリ)の宿主適応プロセスの全容を明らかにすることを目的とする.今年度は1)個体群問にみられる脚長変異の適応的意義の検証と2)チリ個体群間の系統関係の推定を行った.以下その要約を記す,チリは宿主利用の異なる地域間で相対脚長に変異が生じることが明らかにされており(スズミ利用個体群)クサグモ利用個体群)これは宿主の網を巧みに歩くための適応的変異と考えられる.この仮説を検証するため宿主の入れ替え実験とコンピューターシミュレーションを組み合わせて個体群問の宿主網上における歩行速度と餌盗み成功率の違いを明らかにした.その結果,クサグモ利用個体群の短い脚長はクサグモの網上で歩行速度の上昇をもたらし,その結果盗み成功率の上昇をもたらすことが示唆された.この結果の解釈として以下のシナリオが考えられる.チリはもともと熱帯起源であることから宿主利用はスズミグモからクサグモへと変化したと推測される.クサグモはスズミグモに比べ網が複雑かつ餌を盗みにくい宿主であることから,チリの歩行速度に強い選択がかかりその結果,クサグモの複雑な網を歩くのに適した短い脚長が進化したと解釈される. チリの宿主変遷の方向性を明らかにするため,宿主利用の異なる地域にまたがる19個体群の計209個体を対象にmtDNAのCO1領域を基にして系統解析を行った.その結果,屋久島個体群と奄美個体群を境に遺伝的なギャップがみとめられた.この相違は宿主利用のパターンと一致しておらず,むしろ地誌的なプロセスを反映しているものと考えられる.系統解析は現在も継続中であり今後の方向性としてハプロタイプのネットワークを明らかにし,それをもとに宿主変遷の方向性について議論する予定である. その他の研究実施状況として昨年度の研究成果の一部がEcological Entomologyに受理された.また脚長変異の適応的意義と生殖隔離を検証した交配実験の成果はそれぞれ日本蜘蛛学会大会と日本生態学会大会において発表された.
|