研究概要 |
本研究は、Conte&Weber(Nature,2002)によって報告された、大陸レベルでの同位体分別の評価への大気エーロゾル中の植物バイオマーカー(植物ワックス由来の長鎖炭化水素・脂肪酸)の炭素同位体比(δ^<13>C)の利用が、生態系レベルでの同位体分別の評価にも応用が可能か検討することを目的とした。このために、植物バイオマーカーのソースである植物が存在する森林生態系内で大気エーロゾルを採取し、試料中の脂肪酸および炭化水素の組成とそのδ^<13>値が、その森林に優占する植物と一致しているかどうか検討した。大気エーロゾル試料および植物葉(優占種2種)の採取は、高山市内にある冷温帯落葉広葉樹林において行った。大気エーロゾル試料は、ハイボリュームエアーサンプラーを用いて粒径10μm以下のエーロゾルを2-3週毎に採取し、組成とそのδ^<13>C値の季節変動も検討した。大気エーロゾル試料中の脂肪酸および炭化水素の組成は植物葉と同様の傾向を示し、その由来はおもに植物であることが示された。植物バイオマーカーである高分子脂肪酸や炭化水素も検出された。しかし、大気エーロゾル試料中の脂肪酸および炭化水素のδ^<13>C値の結果から、異なるソースの存在が予測された。脂肪酸のδ^<13>C値の変動は、低分子と高分子脂肪酸で異なった傾向を示し、2つの由来が異なる可能性がある。低分子よりも高分子の脂肪酸は分解されにくいため、現存する植物葉以外に落葉後のリターやこれらの分解残さが存在する土壌から大気へ供給されるが可能性が考えられる。今回の結果から、大気中に含まれる脂肪酸および炭化水素の由来が現在光合成活動を行っている植物だけでなく、他のソース存在が予想された。今後、生態系レベルでの同位体分別の評価における大気エーロゾル中の植物バイオマーカーの利用の可能性はあるものの、利用するためにはその由来を明らかにする必要があると言える。
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