研究概要 |
高等植物の種分化には多様なモードがある。その中で倍数体形成による種分化は高等植物では重要な種分化のモードの1つである。倍数体形成による種分化が起きている植物群はしばしば複雑な構造をもつ倍数体複合体を形成し、その分類も困難な場合が多く見られる。キク科シオン属に属するシロヨメナ群Aster ageratoides complexは東アジア地域において同質および異質倍数体形成の両者を伴う種分化を起こしており、また,各地域で固有の分類群に分化しているので倍数体形成による種分化の研究のモデルケースとして最適である。これらの植物は東アジア地域に広く分布しており、日本列島の植物相の成立過程を解明するのにも適した研究対象である。本研究はシロヨメナ群の倍数体形成を伴う種分化の過程を解析し、高等植物の倍数体形成による種分化の機構およびシロヨメナ群の分化過程を通しての大陸の植物からの分化による日本列島の植物相の成立過程を明らかにすることが目的とし,韓国産のシロヨメナ群植物の調査を行なった。 本研究では平成6年度の9月と10月に2度の韓国における調査を行なった.調査地点は江原道,京畿道,忠清北道,忠清南道,慶尚北道,慶尚南道,全羅北道,全羅南道と韓国のすべての道にわたる35集団から各集団について10〜20個体をサンプリングし,合計約500個体のシロヨメナ群に属する植物を採集した.採集した植物は地上部は標本にし,根茎は細胞学的および分子系統学的解析に用いるために日本に持ち帰った.また各生育地の環境,生育状況なども併せて記録した.シロヨメナ群植物は韓国北部には平野部から山地までに普通に見られるが,南部では生育地は少なくなり山地部に生育するのみであった.本州北部から九州南部まで比較的普通にみられる日本とは異なる分布パターンを示している. 各集団の植物の形態の比較研究の結果,韓国産のシロヨメナ群植物は2タイプに分類できることが明らかになった.すなわち1つは韓国南東部に分布する卵形葉を持つ植物で地中にストロンを活発に伸ばす.もう1つはその他の地域に分布するもので披針形の葉を持つ植物である.両者は異所的に分布し,同一地域に混在はしていない.披針形葉をもつ植物はシロヨメナA.ageratoidesのタイプの記載とよく一致しA.ageratoidesと判断される.また,卵形葉を持つ植物は日本に分布するタマバシロヨメナA.ageratoides var.ovarifoliusと類似している.細胞分類学的研究をこれらの植物集団で行なった結果,両タイプの植物ともに2倍体であることが明らかになった.日本のタマバシロヨメナは4倍体であるので韓国の卵形葉を持つ植物とタマバシロヨメナとは直接的な関係はないことになる. 両タイプの植物と日本に分布する各変種との関係を明らかにするために葉緑体DNAの変異をマーカーにした分子系統学的解析を行なった.方法は採集株の生葉から全DNAを抽出し,各種の制限酵素で切断した後アガロースゲル電気泳動法で断片のサイズにより分離した.その後,ナイロンメンブレンに転写しタバコ葉緑体DNAのクローンバンクのDNAをラベル後プローブにして膜に転写したDNAとハイプリダイゼーションさせ,フィルムに感光させた.制限酵素サイトの有無の変化により突然変異の有無を判断した.その結果,韓国の2タイプ間には違いが検出されなかった.これまでの研究で調査された日本産のシロヨメナ群の各分類群の分析結果と比較すると韓国産の植物は日本の分類群のどれとも異なっている.以上の情報に基づいて最節約法を用いて系統樹を作成した.得られた系統樹では韓国産の植物がもっとも先に分岐し,その後に日本の各分類群が分岐するというトポロジーを有している.このこのは日本の各分類群は祖先種が日本に侵入後分化したことを示唆している.日本の各分類群が韓国の植物群から直接起源してきたかどうかを明らかにするためには台湾などの地域の植物の調査が必要である.
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