研究概要 |
平成6年7月,劉成漢教授(四川省重慶市,西南農業大学)を九州大学農学部に招聘し,本学術研究の趣旨,現地調査計画および中国政府農業部に提出する調査許可申請などについて,具体的な打ち合わせを行った.同年9月1日から30日間、木村,新井,上田および赤井が訪中した.まず,1日より9日まで上海水産大学(上海市)を訪ね,伍漢霖教授が銭塘江(浙江省)で収集したタナゴ亜科の標本を観察した.次に,10日より13日まで伍教授とともに安徽省政府(合肥市)におもむき,同政府諸機関の協力のもとに,生きたタナゴ類を採集して,核型の実験を行うとともにDNA研究用の標本を得た.さらに,9月14日から20日まで中国科学院水生生物研究所(湖北省武漢市)の陳宜諭所長の研究室に滞在し,タナゴ亜科の所蔵標本の観察と同定に努めた.最後に,21日から27日にかけて西南農業大学の劉教授の研究室で,所蔵標本を同定するとともに,野外でタナゴ類を採集し,核型の実験を行い,またDNA研究用の標本を固定した. 分類と分布:訪問した3研究機関で,観察,同定したタナゴ亜科は25種にのぼったほか,種の査定が困難なものがいくつかあり,今後,標本に基づく詳細な検討と記載が必要である.また,既知の種類について新しい分布地が数多く確認された. 上海水産大学と水生生物研究所では,浙江省産のカゼトゲタナゴ標本複数を確認できた.本種は,これまで九州北部の特産で,核型が2n=46とされていた.朝鮮半島にも近縁種が生息するものの,カゼトゲタナゴの記録はまだない. したがって,九州を遠く離れた華中に本種が分布することは,生物地理学上極めて興味深いことである.また,中国では2n=46のタナゴ亜科は知られていないので,今後,中国産のカゼトゲタナゴについて核型の確認が早急に望まれる. 上海水産大学と水生生物研究所で調べたAcheilognathus meridianusの分類,分布に関しても新知見を得た.A.meridianusは広西自治区から記載された種類で,他には浙江省,湖南省から記録があるのみである.そして,この種は,先に浙江省から記載されたA.lanchiensisと同種でないかと疑われてきた.水生生物研究所でA.meridianusの総模式標本(Syntypes)全個体を調査したので,A.meridianusはA,lanchiensisの同種異名であることを確認できた.上海水産大学での知見も加えると,A.lanchiensisは広西自治区と浙江省以外に,湖南,喜州,江西の各省および上海市へと,東西に広く連続的に分布することがわかった.このような命名と分布の問題を取り上げた論文を現在,とりまとめ中である. 核型:染色体標本作製の際,通常,遠心操作を必要とする.長期にわたる野外調査の場合,それを省略できれば,核型の標本が現地ですぐにできる.また,従来はハサミで組織を刻んで標本を作ったが,それには熟練,集中力および長時間の作業を要する.今回はハサミを使う方法と使わない方法を併用した.コルヒチン処理か低調処理に問題があったらしく,細胞分裂の頻度がともに低かったが,遠心操作,ハサミなしで,良い標本を得る可能性が強く示唆されたのは大きな収穫であった. 中国産タナゴ属Acheilognathusの4種はいずれも2n=44で,バラタナゴ属Rhodeus2種は2n=48であった. 遺伝子DNA解析:九州産ニッポンバラタナゴR.ocellatus kurumeusと安徽省産タイリクバラタナゴR.ocellatus ocellatusのミトコンドリアチトクロムb遺伝子の307塩基配列を比較したところ,29塩基が異なっていた.その遺伝距離を計算すると0.11となり,両亜種は形態が酷似するにもかかわらず,遺伝的には離れていることがわかった.これからも中国産の他の種類について,この新しい手法による分類や系統の検討をさらに進めたい。 今後,以上の研究を発展させることにより,日中両国のタナゴ亜科に関する生物学的知見が集積され,相互の比較検討が可能になるとともに,その系統分類ならびに生物地理学に新しい局面を開くことが期待できる.そして,将来はわが国のコイ科魚類に起源などについても,考察が可能になるであろう.
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