研究課題
国際学術研究
1994年1月に施行された「先住民原法」は、オーストラリア人にとっても、アボリジニにとっても、大きな衝撃を与えるものだった。すなわち、これまで個人的、部族的土地所有を認められていなかったアボリジニに始めてその所有権が認められることとなり、彼等のこれまでの宗教的土地所有権や経済的な価値観にかかわるや社会における様々な局面での大きな変化が予想された。本年度の調査研究では、現在のアボリジニ社会の経済システムを中心に、法制定によって生じつつある変化の初期的諸相を把握し、今後の調査方針、体制を確立するとともに、今後の国立民族学博物館と現地の研究機関との研究連絡体制整備に勤めることも同時に目的とした。調査では、「先住民原法」施行後のアボリジニ社会の諸変化の契機になると考えられる経済的変化の初期的様相に焦点を当てた。経済的変化の実情と住民の意識を調査することによって、彼等が求める将来的な社会の姿を明らかにすることにつながると考えられるからであり、同時に、将来的には現代世界の他の地域における少数民族研究に新たな知見をあたえることが期待されるためでもある。現地には、久保正敏、杉藤重信、窪田幸子の3名を派遣し、N.ピーターソンとの協議および意見交換を行いながら、現地参加のS.ハリスと共同で調査を実施した。調査地域は、ア-ネムランドの北部である。すなわち、西ア-ネムランド(オ-エンペリ-とマニングリダ)、それに東ア-ネムランド(ガリウィンクとイルカラ)を中心とした地域でそれぞれ調査をおこなった。ア-ネムランのアボリジニたちは文化的に行ってある程度類似した要素を共有していると言うことができる。しかし、言語や神話、儀礼における違いは大きく、歴史的な違いを考えるとその社会における影響の違いには大きなものがあることが容易に予測される。この調査では調査者がそれぞれの異なる地域に出向き、社会、居住環境の相違と関連性に注目しながら、土地所有の概念、財の分配、美術工芸品の制作販売、ジェンダーの社会的関係、コミュニケーションの変化などの状況についての調査を行なった。予想したとおり変化は劇的ではなかったものの、重要な知見が多くえられた。オーストラリア全体社会におけるアボリジニに対する興味の増大により、アボリジニ社会への投資は全体的に増大しておあり、このことは彼等の社会に大きな影響を与えている。コンピューターの使用が増加し、彼等のコミュニケーション手段として組み入れられつつある。ジェンダーについていえば、貨幣経済の影響によって、女性がこれまで締め出されていた儀礼的知識にアクセスを持つような状況が散見されるようになった。また、クランにかかわる分離の明確化、主張が強く現われるようになった。いずれの場合も、地域による差異が大きく、これからの調査課題といえる。先にも述べたように、アボリジニ社会において、コンピューターが多用されていることもあり、定量化して収集したデータをデータベースとして組織化して利用する可能性が確認された。現地の調査機関、調査者たちとの連絡も良好に完了した。彼等の多くは、ア-ネムランドでの調査経験者であり、日本の機関の調査との共同に協力的であった。今回の調査については、オーストラリア国内ではこれまでに例の見られない、大きな地域を対象とした比較の視点を含んだグループ調査であるとして評価を得、将来の調査結果が期待されるとの意見が多かった。今回に限らず、いすれの機関も、協力を惜しまないという積極的かつ友好的な反応を得ることができた。これは、今後の現地調査の円滑な運営を支えるものと期待される。