研究概要 |
兎の出血病(RHD)は,1984年中国で初めて発生し,以後韓国をはじめ多くの養兎を行っている国々に発生した。我々は,1989年から韓国で発生したRHDに関する研究を行い,多くの成果をあげた。この成果には以下の点が含まれる。RHDの原因ウイルスはカルシウイルスで,肝細胞に親和性が強い。この原因ウイルスは毒力が強く,成兎に接種すれば25〜90時間で兎を殺す。2ヶ月令以内の子兎にはRHDウイルスは感受性を示さない。病変の特徴は壊死性肝炎で、免疫染色を行うと肝細胞の細胞質に多量の抗原が証明できる。以上の成果を踏まえて,本研究では中国で発生したRHDの形態学的特徴と,中国の発生例から分離したRHDウイルスの性状についての比較研究を実施した。 まず,中国で発生するRHDの臨床ならびに疫学について調査した。RHDは発生し始めた1985〜1990年頃までは発生率を高く,被害も大きかったが,近年では顕著な流行病的発生は少なくなった。これはRHDに対して自然免疫が成立しているものと推察される。しかし,基本的な発生傾向は未だに認められる。すなわち,3ヶ月令以上兎が感染すると90〜100%致死し,2〜3ヶ月令での罹患兎は80%致死し,1〜2ヶ月令の兎の致死率は50%程度である。中国では,毛生産用と肉用を目的として兎が飼育されているが,両者共RHDに罹患する。特にアンゴラ兎が感受性が高いようであった。感染した兎は41〜42℃の発熱を示し,動くのを嫌い,呼吸困難を示しながら1〜2日以内に多くの兎が死亡した。 中国で発生したRHDの病変は,韓国で発生したものと全く同一で,急性壊死性肝炎であった。すなわち,肝細胞は孤在性あるいは局在性に凝固壊死を示し,これにはしばしば偽好酸球が反応していた。このような病変を持つ肝の凍結切片に対して,ABC直接法による免疫染色を施すと,肝細胞の細胞質に顆粒状にウイルス抗原が認められた。また,肝組織を電顕で観察すると,壊死に陥った肝細胞の細胞に,多くのウイルス粒子が観察された。ウイルス粒子は直径35nm前後で,コアとカプシドを持っていた。ウイルス粒子は,しばしば空胞と関連を持って認められた。多くの場合,肝細胞の壊死は,ウイルスと直接関連を持って生じているようであった。 次に,中国で発生したRHD例の肝乳剤を出発材料としてウイルス学的検索を行った。先ず,精製ウイルスは,肝乳剤上清を超遠心ならびにCsCl密度勾配遠心して得た。これをネガチブ染色して観察すると,ウイルス粒子は直径約40nm,表面に突起と凹みが認められた。また,ウイルス粒子は,Markham rotation法で観察すると正20面体構造を示し,表面の凹みは36ケであった。以上の所見から,本ウイルスはウルシウイルスとみなされた。 さらに,中国のRHD感兎の肝乳剤を3ヶ月令以上の兎の筋肉内に接種した結果,全ての例が3日以内に死亡した。これらの死亡例の肝病変は,光顕的にも電顕的にも,野外発生例と同一で,病変の再現が確実になされ得た。 以上のように,中国のRHDは韓国のRHDとウイルス学的ならびに病理学的に全く同一であることが示された。したがって,韓国のみならず中国のRHDも原因はカルシウイルスによることが証明された。中国のRHDについては,発当初から,パルボウイルス様のウイルスが疑われてきたが,これは間違いで,カルシウイルスが原因である。なお,我々と同一の見解は,ヨーロッパに研究者達も述べている。 この中国の発生例に加え,我々は1993年に日本および台湾で発生したRHDを検索する機会を得た。両者の発生の臨床・疫学は中国例ならびに韓国例に全く同じであった。日本および台湾の発生例については,肝を病理組織学的,免疫組織化学的,さらには電顕的に検索した。その結果,病変の特徴,RHDウイルス抗原の陽性所見,ウイルス粒子の形態なども,国別の症例間に差はなかった。したがって,世界各国のRHDはカリシウイルスを原因とする急性伝染病であって,RHDという病名よりは,兎のカリシウイルス性肝炎と呼称するのが適当であることを提唱したい。これにより,本病の病態が明確化されるものと考える。
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