研究概要 |
1.高圧下の2成分系液体中の電子移動度測定((1)n-ヘキサン-2,2-ジメチルブタン(DMB)系,(2)トルエン-n-ペンタン系) (1)それぞれ電子局在化状態(n-ヘキサン),準自由状態(2,2-DMB)が優勢な液体の混合系を用いて,電子状態の分布の移行の圧力及び濃度依存性を電子移動度μをプローブとして観測した。μの圧力依存性から,常温でn-ヘキサン<25mol%では準自由状態,>25mol%で局在化状態が徐々に優勢となることが判明した。さらにlog μは気-液共存系同様,混合比に比例することが分かった。μの圧力依存性を,2状態モデルを用いて局在化状態と準自由状態間の平衡移動と結び付けて解釈すると,電子局在化に伴う体積変化(局在化電子の部分モル体積)はDMB>75%では正,<75%では負となる。このことから電子は混合液体中で空孔中に存在し,その半径はDMB濃度増加とともに増大し,圧力上昇により減少(混合比50:50; 125 bar, 0.33nm, 2375bar, 0.24nm)とすると結論した。 2.未測定液体中の電子移動測定((1)m-キシレン,o-キシレン,(2)ヘキサメチルジシロキサン(HMDS),ビストリメチルシリルメタン(BTMSM)) (1)ベンゼン,トルエン中同様陰イオン-分子間のホッピングによる電子移動が観測されることを期待してμ測定を高圧下のm-キシレンに拡張した。測定結果は,予期に反してμは圧力と共に一旦増加,次いで減少に転じることを示した。これまでに2,2-ジメチルブタン,イソオクタン等μ≧10の液体でのみμの増加は観測されたが,m-キシレン中(μ値<0.1)のμの圧力変化は全く新しいパターンである。引き続きo-キシレン中で測定したところ,μの圧力変化はさらに複雑で,低温(<40℃)ではm-キシレン中と同様の変化を示すが,高温(>60℃)では減少後増加して極大値を通り減少することを観測した。このようなμの圧力依存性も極大値に達するまでは,局在化電子の部分モル体積の圧力依存性により,また極大値を越えた後は陰イオン生成と電子ホッピングの優勢化の結果と解釈される。 (2)未測定の液体として珪素原子を含む対称性の高い化合物を選んだ。理由の一部はシロキサン類は絶縁性の液体として高電圧工学的に興味があるからである。シロキサンは酸素原子をも含み,エーテル類
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似物で電子の溶媒和の可能性も考えられたが,HMDS中では高対称性と分子表面をメチル基が覆っているため,酸素原子と電子の相互作用は小さくμは20付近で移動度の高い液体の分類に属することが分かった。BTMSMは酸素原子を持たないため,さらに高移動度を示しμ>60を示し,高沸点と併せて高エネルギー物理学用液体電離箱媒体に好適であることが分かった。 その他テトラメチルエチレン,トリメチルエチレン,1-ペンテン中でもμを測定した。ペンテンはμ値が0.01〜0.2の典型的低移動度液体であるが,二重結合の分極性をメチル基で覆うと,テトラメチルエチレン8〜12,トリメチルエチレン2〜5となり電子-分子間相互作用が近距離性であることを示している。(いずれも低いμ値は0℃) 3.高圧下の液体中における電子捕捉反応速度の測定(1,3-ブタジエンのn-ヘキサン溶液) 1,3-ブタジエンのn-ヘキサン溶液中における電子捕捉反応速度を圧力1〜2500bar,温度-10〜60℃の範囲で測定した。この反応は平衡反応で,平衡は圧力上昇および温度低下と共に陰イオン生成側にシフトする。-10℃では1barでも電子捕捉を観測した。反応体積変化は400bar,2℃で-181cm^3/molにも達する。大きな負の体積変化は主として陰イオンによる溶媒の電縮現象によるもので,反応のエントロピー変化も-40cal/kmol付近で負である。 4.媒質中の電子に関する熱力学的考察 準自由状態エネルギーVoについて熱力学的考察を行い,光電効果法による実験的Vo決定法はエントロピー,圧力一定条件に近いが,低圧下では等温,等容条件で近似できて,Voの圧力変化から準自由状態電子の部分モル体積は40〜200cm^3/molと求められた。 1〜4を通じて最も重要な結論は,媒質中の電子の輸送,反応等の電子の振る舞いに電子の部分モル体積が密接に関係し,媒質中の電子状態,即ち準自由状態か極在化状態のいずれであるか,また極在化状態ではその空孔体積の大小を決定する最大の要素は,その媒質の圧縮率であることが判明したことである。いずれも電子の部分モル体積が,電荷による媒質の電縮現象によって決まり,その大きさは媒質の圧縮率によって支配されているからである。 5.超臨界流体中の電子の振る舞いの研究 測定用セル及び精製用真空系の準備に時間がかかり,セル,真空系の完成を見ただけで測定には至らなかった。流体として臨界温度の低いエタン,3フッ化メタン等を使用するため,真空系自体も十気圧程度の耐圧性を必要とし,セルも常温で液体の化合物と違い,圧力変化にベローズを利用できない等,高圧下の液体の取扱いと著しく異なり,設計,製作に時間を要した。高圧下の液体中の電子の振る舞いに液体の圧縮率が最も重要な因子であることが判明したため,臨界点付近の圧縮率極大となる領域での測定を計画したもので,この計画が実行に至らなかったことは極めて残念である。平成8年度に「超臨界流体中の荷電種:輸送及び反応過程」なる課題で,笛木賢二教授を代表者として国際学術研究に応募したが採択にならなかったことを付記する。 隠す
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