研究概要 |
タンパク質は,生体膜を通過して細胞内の特定の部位に移行することにより,はじめてその機能を果たすことができるが,膜透過のメカニズム,関与するタンパク質などについては,不明な部分が多い。本研究では,Schultzらの開発した方法により,ミトコンドリアタンパク質前駆対に架橋性の官能基を有する非天然アミノ酸を導入し,ミトコンドリア膜透過反応に関与するタンパク質を光化学反応による架橋によって同定することをめざした。すなわち、(1)タンパク質中の非天然アミノ酸に置換したいアミノ酸のコドンをナンセンスコドンに変えた変異遺伝子を作成し、in vitroでの発現用ベクターに組込む,(2)ナンセンスコドンを認識するサプレッサーtRNAを非天然アミノ酸で有機化学的にアミノアシル化する,(3)無細胞タンパク質合成系を用いて,(1)の変異遺伝子を(2)のアミノアシル化サプレッサーtRNA存在下で,転写・翻訳する,ことにより,架橋用アミノ酸を前駆体タンパク質中の任意の位置に導入することを試みた。 ミトコンドリアタンパク質前駆体としては,pSu9(1-69)-DHFR(ミトコンドリアタンパク質であるATPase subunit9のプレ配列をマウスジヒドロ葉酸還元酵素につないだ融合タンパク質)を用いた。また架橋用非天然アミノ酸としては,反応の回転効率の高いベンゾイルフェニルアラニン(pBz-Phe)を採用した。pSu9(1-69)-DHFRの様々な位置に架橋用非天然アミノ酸を導入するために,置換したいアミノ酸のコドンをamberナンセンスコドン(TAG)に置換した変異遺伝子を作成した(変異を導入したアミノ酸残基でもって変異体を表す:T4,A17,A29,T44,A56,Y67)。一般に,大腸菌ライセ-トではなくウサギ網状赤血球ライセ-トを用いて合成したタンパク質の方が,in vitroにおけるミトコンドリアへの取り込み効率が高いので,ここではウサギ網状赤血球ライセ-トを用いて非天然アミノ酸を導入する条件を検討した。 T44を除いてすべてのタンパク質は,架橋用アミノ酸(pBz-Phe)をチャージしたサプレッサーtRNAおよびRI標識されたメチオニンの存在下,ウサギ網状赤血球ライセ-トを用いた無細胞タンパク質合成系において、反応疫組成を調製することにより効率良く合成することができた。合成された,RI標識された非天然アミノ酸(pBz-Phe)導入タンパク質を単離した酵母ミトコンドリアとin vitroでインキュベートしたところ,いずれのタンパク質も,単離ミトコンドリアに効率良く取り込まれた。次に,メトトレキセート(DHFR部分に対するリガンド)によりDHFR部分の高次構造を安定化した各変異前駆体を,単離ミトコンドリアとインキュベートすることにより,ミトコンドリア膜透過中間体を生成した(DHFR部分の高次構造が安定化すると,膜透過反応は途中で停止する)。この状態で光を照射することにより,pBz-Pheと周辺タンパク質の間の架橋反応を行った。反応後,ミトコンドリアを回収し,可溶化し,SDS-PAGEとオートラジオグラフィにより放射活性のあるバンドを検出することにより,架橋産物を解析した。予想どおり,光照射によって分子量がシフトするバンドが,いくつか観測された。この中には,架橋用アミノ酸の導入位置に依存して,特異的に現れるバンドが存在した。これらのバンドは,膜透過中の前駆体と特異的に相互作用しているタンパク質,すなわち,膜透過装置構成タンパク質と前駆体間の架橋酸物である可能性が高い。 現時点の問題点として,架橋用アミノ酸の導入位置に依存して現れるバンドがマイナ-であること,架橋反応に必要な時間がやや長いことなどがあげられる。これらの問題は,架橋の反応性を高めることにより解決できると考えられる。架橋用官能基にスペーサーを付加することにより,立体障害の影響を少なくし,架橋の効率をあげる工夫,架橋用官能基をアジド基などに変えた新たな架橋用非天然アミノ酸のデザインなどを検討している。
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