研究課題
国際学術研究
年輪を利用した温暖化ガス(CO_2)の歴史的温度変化の解明(予備調査)--日-加-仏の年輪を利用して--近年の炭酸ガス温度の上昇が、(1)人間の化石燃料{(C-13/C-12)炭素の質量比(又はδC-13)が現在の空気中のそれより低い}消費に基ずく現象か?それとも、(2)他の人的原因(例えば、森林の農地化)、または(3)自然現象(例えば深海海流の流れの変化)なのか?もしくは(4)これらの諸現象の、総合相剰作用によるものか?を解明するためには、長い歴史を正確に記録している年輪を分析する方法が、現時点では一つの的確な方法であることが判り始めた。これまで広く利用されてきたアイスコアに凍結密封されている空気から、炭酸ガスを分析する方法には、アイスコアの形成過程の物理的制約から、正確なデータは出てこないことが、ごく最近判明したからである。特に過去1000年間の炭酸ガス濃度の決定は、アイスコアでは出来ない。植物は空気中の炭酸ガスを吸い、光合成作用でその炭素を体内に取り込み成長する。この中でも樹木は、数百年から数千年もの間生存し、その生存の歴史を年輪に残す。その上、枯れた後の樹木が、そのままの形で何千年、何万年まの間、自然に保存されている例も多々ある。これらの年輪中の炭素は、他の元素と異なり年輪内では移動しない。特に年輪のセルロースに取り込まれた炭素は、そのセルロースが形成された時点の空気中の炭酸ガスの安定炭素同位体比(δC-13)を保存していることが、最近指摘され始めた。この年輪を利用した分析では、「近年の炭酸ガス濃度上昇の全ては、人間の化石燃料の消費に基ずくものではない」と明確に指摘している。ただ、この根拠になるデータは、ドイツの森林から得られた樹木からのものであり、この一地点のデータだけで、世界の炭酸ガス濃度上昇の歴史的変化を論じるのは、早計である。この事実の真否をアジアの一角、日本の樹木でも実証するのが本研究の目的である。このためドイツの森林とは気温・湿度・降雨量の面で出来るだけ違った環境に生息している樹木を分析することをまず試み、日本の代表的樹木である「杉(樹齢78年)」を、長崎市の上水道水源地灌養林から伐採した。そして、この杉の炭素同位体比(δC-13)の質量分析を行なった。ただ、新潟大学には、高価な質量分析機器はない。また杉の年輪からセルロースだけを分離・精製し、その炭酸ガスを抽出・精製分離する装置や、これら一連の高度な技術を遂行する熟練した技官はいない。このため分析は全て、カナダ国立科学研究院・環境技術研究所のDr.Akira Kudoの研究室へ出張して行なった。まず杉の年輪は、(1)1920-29年、(2)1930-39年と10年ごとに、7つの試料に分離し、今回は、この内の試料(1)、(3)、(5)、(7)についてのみ分析した。これは、本研究が予備調査であり、このため出張期間が限られていたためである。長崎市の杉の安定炭素同位体比(δC-13)は、1920-29年の-22.31‰から1940-49の-22.65‰、1960-69の-23.35‰、そして1980-88年の-24.03‰へと、60年間に着実に減少し、その減少総量は1.72‰となった。これは、ドイツの値が、この間-24‰の周辺で僅かに上昇している事実とは、一見逆の現象になっているが、長崎杉の樹齢、生育環境を考慮にいれると納得できるデータである。何故なら、樹齢が若い時の年輪のδC-13は、樹木の生理学的理由で少し高めに出る傾向があり、一方高温多湿の日本の長崎ではそれは低めにでる傾向になる。空気中の炭酸ガスは、過去30年間で約2割上昇し、350ppmとなっている。もし、この上昇が全て人間の化石燃料消費の結果起こったとすれば、δC-13はこの30年間で急減少し、長崎杉の値は-26‰以下にならねばならない。しかし、得られた長崎杉の分析-24.03‰値は、これよりはるかに高く、「過去30年間の炭酸ガス濃度上昇は、全て化石燃料消費に基ずくものではない」ことを実証している。ただ、予備調査のためとは言え、4つのデータで言えることには限界があり、鳴物入りで、国際政治の中でいつの間にか出来てしまった科学的根拠に乏しい通説を変えるためには、本格的研究が待たれる。
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