研究概要 |
1.経緯 この研究の目的は,韓国人のサラセミアおよび異常ヘモグロビンについて調査し,この方面に関する世界地図上の空白を満たすことである.最初は,ソウル大学病院を中心に韓国の医療施設で見いだされた疑わしい症例の血液が山口大学医学部に受け入れられ,そこで臨床病理学的診断,さらに変異遺伝子DNAの分析,あるいは異常ヘモグロビンの蛋白化学的分析が行われた.次いでDNA分析技術が山口大学医からソウル大学に移転移転され,その結果ソウル大学医学部臨床病理学教室が韓国におけるサラセミアおよび異常ヘモグロビン研究のためのセンター機能を果たし得るようになった. 2.韓国におけるサラセミア症スクリーニング (1)サラセミア症および異常ヘモグロビン症とはどんな病気か.これらの病気が韓国人にも存在することについて広く医師の注意を喚起されることにより,疑わしい症例の報告と血液検査を促進した.(2)ソウル大学病院における過去の末梢血液検査データ15万例(約5万患者)を洗いなおした.(3)日常血球検査データの中から,ヘモグロビン濃度>9g/dL,平均赤血球体積<70fLまたは平均赤血球ヘモグロビン<24pgの両条件を満たす症例を常時選び出すシステムにより,サラセミア疑診例を拾い上げた. このような努力により,韓国におけるβサラセミア保因者の頻度はおよそ0l01〜0.1%と推定された. 3.韓国人から同定されたサラセミア変異 韓国では従来「優性型」サラセミア(コドン32-34の3塩基欠失:Hb korea)の1症例報告がみられたのみであったが,日韓共同研究開始以来さらに13症例について,βグロブリン遺伝子変異が決定された.その内訳は翻訳開始コドン変異(5例):コドン17終止変異(4),121終止変異(1),IVS-I-130スプライス変異(2種,各1例),コドン41-42の4塩基欠失(1)である.これらの仕事は初期には山口大学医学部で遂行されたが,その後の技術移転により,大部分ソウル大学医学部で完遂されるようになった. 4.韓国人から同定された異常ヘモグロビン 日韓共通に見られたHb G-Coushatta[β22(B4)Glu→Ala]およびHb Queens[α34(B15)Leu→Ang]の各2症例およびHb Yamagata[β132(H10)Lys→Asn]1例が追加された.さらに,重症溶血性貧血の原因として,Hb Southampton[β106(G8)Leu→Pro],(世界で2例目?),またチアノ-ゼの原因としてHb M-Saskatoon[β63(E7)His→Tyr]が見いだされた. 蛋白化学的方法による異常ヘモグロビンの同定や,その諸性質の測定は韓国では行われず,これらの仕事は大部分山口大学医学部で実施された. 5.ヘモグロビン遺伝子変異からみた日本人と韓国人 ヘモグロビン遺伝子変異は韓国でも日本と同様に多種類低頻度であることが示唆された.この点南アジアとは対照的である.両国とも低頻度ながら東南アジア系変異(コドン41-42の4塩基欠失など)を有するが,北アジア系(Hb G-Coushattaなど)あるいは独自の変異のほうがむしろ多い. ATAボックス変異(-31Cap)やコドン90終止変異,その他多数の日本人に多い,あるいは日本人独自の変異の多くが,未だ韓国人には見いだされていない.日本人と韓国人の共通点と相違点をさらに明確にするためには韓国人に関するもっと多数のデータが必要である.
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