研究概要 |
プレス加工における振動や騒音の低減に関する研究は、社会的にも極めて意義深いものであり,そのうちでも材料破壊を伴うせん断(打抜き)加工時の振動,騒音は特に大きいため,その低減のための研究は急務とされている. 打抜き加工において発生する騒音は,いわゆるブレークスルー時に発生すること,またこのときのプレスフレームなどに貯えられた弾性エネルギーの解放速度と打抜き最大音圧レベルとは定性的に密接な関係にあることなどは、従来の研究により定性的に理解できる.しかしブレークスルーそのものの厳密な定量的定義は未だ明確にされておらず,その解明に基づく有効な振動,騒音低減技術も見い出されていないのが現状である. そこで本研究では、まずブレークスルー現象の定量的定義を明確にすすめるための実験研究を行なった.具体的には,打抜き途中の材料内部のクラックの発生成長の様子の観察や,打抜き時の荷重および荷重の減少率の測定,プレスラムの実速度および加速度の測定,および各種条件下での打抜き時の騒音測定などを行なった.その結果,ブレークスルー開始点の確定が定量的に行なえるようになり,同点における,理論上弾性エネルギー解放速度とリニアな関係にある荷重の減少率やプレスラムの実速度と,打抜き最大音圧レベルとは極めて密接な関係にあることなどが定量的に検証できるようになった. つぎに上記研究により得られた知見を基に,騒音低減のための2つの具体的低減策の検討を行なった.まず第1に行なった低減策の検討は,2行程打抜き法の提案である.この打抜き法は第1行程目に所定の工具食い込みを与え,第2行程目で材料分離を行なう加工法である.すなわち第1行程と第2行程の間で第1行程の半抜き加工で蓄積された弾性エネルギーを長い時間をかけて解放し,その後の第2行程においては実質的な材料の厚みが減少することにより,ブレークスルー時の弾性エネルギーが減少する(弾性エネルギー解放速度が低下する)ため打抜き騒音が低減できるという考え方に基づいた加工法である.実際にこの提案した加工法で打抜き実験を行なったところ,慣用打抜きに比べ,7〜8dB打抜き時の最大音圧レベルが低減できることがわかった.しかしこの方法で打抜かれた製品の切口面には停留クラックが残存することから,この2行程打抜き法は切口面精度がそれほど要求されない打抜きにのみ有効である. 第2に検討した低減策は,新しい構造の油圧式慣性ダンパーを備えた低騒音打抜きプレスの開発である.従来の油圧式ダンパーは,作動タンミングの設定が煩雑であったり,油温の上昇などにより作動タイミングが変化するなどの問題があり,またメカ式ダンパーの場合においても構造が複雑であったり,広い設定スペースが必要であるなどの問題がある.さらに上記従来ダンパーを備えたプレスによる打抜きにおいてはいずれの場合においても慣用打抜き(ダンパーが無い場合)に比べ5dB程度しか騒音低減効果が得られない.従って,これらダンパーはほとんど利用されていないという現状である.そこで本研究では上記問題をすべて解決し,さらにより大幅な騒音低減効果が基体できる油圧式慣性ダンパーを備えた低騒音打抜きプレスの開発を行なった.実際にこのプレスによる打抜き騒音実験を行なった結果,上述したような従来ダンパーを使用時の問題点は発生せず,慣用打抜きに比べて10dB以上の最大騒音レベルの減少効果が認められた.なおこの油圧式慣性ダンパーを備えた低騒音打抜きプレスにより加工された打抜き品切口面は慣用打抜き品とほぼ同様な高精度切口面であることも確認された.
|